ほんとうのこと

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第八章

帰還の旅

カリキュラムの方向

周りに流されてしまう...という時は、自我から忠誠を求められている時で、
それに応えている時だ。
つまり恐れを選択している。
「平安が失われたという結果に基づいて幻覚を望まないことにするなら、
あなたは自分の心からそれらを取り除いてもらうことができる。」




幽閉と自由の相違
私は幻覚を望まない。私が望むのは天国であり、神の王国を目指す。
私の心は神の王国を望む者と共にあろう。
私は幻覚を望まない。もう後戻りはしない。
聖霊よ、どうか幻覚を無視し、看過できるよう導いてください。

「自我が得意としているのは混乱だけである。それ以外のことは
何も理解していない。」

「聖霊がいなければ、あなたにはこの区別ができない。なぜなら、
幽閉が自由だと自分自身に教えてきたからである。」

「聖霊の教えは、ただひとつの方向に進み、ただひとつのゴールを目指す。
聖霊の方向は自由へ向かうものであり、聖霊のゴールは神である。」

lesson155
私は一歩退いて、神に導いてもらう。


久しぶりにオーラソーマをやってみた

〈結果〉
目的... スピリチュアルレスキュー
    感覚を研ぎ澄まし、隠された才能と出会う。
    テーマ「生きることの感覚に明晰性をもたらす助け。クリエィティブな
        プロセスに役割を見いだす可能性」

ギフト... ガブリエル
     天からの言葉を伝えるメッセンジャー

今の状態... オープンセサミ
      過去から得た知恵を、今にいかす

引き寄せる未来... サンジェルマン
         ネガティブからポジティブの聖なる炎
         テーマ「隠れたいという思いを克服する。世界で
             カタリスト(触発者)として行動する。


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by kokoro3heian | 2018-04-23 18:13 | 癒しへの道 | Comments(0)

第七章 つづき

神の国の贈り物

苦痛と喜びの混同

彼は、あなたの心を変える救済者だ。
「神と共に行えるのは、意志することのみである。これが、自我の弱さであり、
あなたの強さである。」


「奇跡は神の意志と同調している。」

敵とは、自分のことであり、敵として見えるのは、私の罪悪感があるために
そう見えるのだ。敵が平安であることを祈るということは、私の平安のために
祈り、私を罪から赦してもらい、解放してもらうために祈るということだ。

敵に寄り添い、祈るということは 単に優しい ということではなく、
真理そのものということ。

わたしはいつも迷惑をかけている...かけるのではないか...
という恐れがあるんだな。
それが遠慮というカタチで現れるんだけど、そのお陰でエゴの
誘惑を冷静にみる きっかけになったと思う。
いまの状況に不満や不安があったのだけど、トラウマに向き合う
のには、すごく最適な状況なんだな...


恩寵の状態

恩寵は、神の子の一人ひとりの自然な状態である。

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by kokoro3heian | 2018-04-22 18:13 | 癒しへの道 | Comments(0)

第七章 つづき

神の国の贈り物

信じがたき信念

「自我を恐れてはならない。」

「あなたが自我を信じていることについての責任を
他の誰かに投影してはならない。」

葛藤は共有できない。
葛藤している時は、混乱している。
それは実感できる。
聖霊に渡すことで、冷静になれる。
このことを充分に理解して、平安でありたいと願う。
いろんなことに没頭したくなるけど、すればするほど苦しくなる。


このコースの全目的が、自我とは信じられないものであり、
永遠に信じられないものだとあなたに教えることにある。
信じられないものを信じることによって自我を作り出したあなたは、
ひとりではこの判断をくだせない。」



神の国の延長

自己充益性... 自己が満たされて完全であると感じること

奇跡とは全的な知覚についてのレッスンである。

創造することは損失の反対であり、祝福することは犠牲の反対である。」

満たされていないという想いが恐れを感じさせる。
何かをしなければ...という影に、認められたいという欲望があって
それが恐れを隠している。
わたしは完全に満たされていると信じることができるなら
恐れはありえないもんね。
奇跡や癒しは、それを叶えてくれるんだ。


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by kokoro3heian | 2018-04-22 18:00 | 癒しへの道 | Comments(0)

第七章 つづき

神の国の贈り物

神の国の全体性

私自身が、心が、何に生命を与えるのか。
生命は私そのもの。私が与えるもの。

私が与えるものは、いのちというより、いのちを延長させるもの。
という感じなのかな。


「兄弟が正気でない行動をするとき、彼はあなたに、彼を祝福する機会を
差し出している。彼の必要はあなたの必要である。
あなたが彼に差しだせる祝福を、あなた自身が必要としている。それを
与えること以外に、あなたがそれを所有する方法はない。」

「あなたが拒否するものとは、あなたに欠けているものである。」

何度読んでも、ピンとこない感じだったけど、なんとなく
じんわり浸み込んできたようにも思う。

感情の流れ、煩悩、思考...いろいろ。湧いてきて体を蝕むもの。
その源を止めないと、出てきた原因に焦点をあてても消すのは難しい。
水道の蛇口を止めたらいい。
元を止めれば、簡単に止めることが出来る。よね?

『源など ない』

けれども、出ている水道の蛇口が消えるの?消えるなんてことある?

『消えるのではない。あなたが ”水道の蛇口”というものを
信じていただけで、存在していないんだよ。勘違いってやつだね』

なかったのか!! 水道の蛇口自体がないのか!?

『本当は山の奥から湧く源流があるんだが...
 それを水道の蛇口だと... 悪いものだと勘違いしていたんだね』

エゴの考えが勘違いだったので 体を蝕むような思考が消えた。

瞑想していると、ときどき答えがやってくる。
こういうとき、正しい心になっているな...というように感じる。
気が散るときもあるけど、集中して癒されるときもある。

「誰に対しても、その人はあなた自身がなりたくないような存在だと
教えてはならない。知覚が続いている間は、あなたの兄弟はあなたに自分自身の
姿(イメージ)を映し出してくれる鏡である。」




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by kokoro3heian | 2018-04-15 21:57 | 癒しへの道 | Comments(0)

第七章 つづき

神の国の贈り物

警戒から平安へ

この苦しい状況から出たい。辞めたい。家を出たい。と、他を求めるのは、
拒絶されたというエゴの気持ちなのだ。
神は拒絶なんかしない。神は、神の子を愛している。
いまだに抵抗があるとすれば、それは神以外に真理以外に
他にまだ何か(新しいと感じること)があるかもしれないと信じているからだ。


「自我はあなたの心を自我自身の妄想的システムの中に組み込むことを望んでいる。」

...まさにマトリックス

理解の光 真理でないものは存在できない。

レベルの違いは文化の違いと似ている。
お互い信じているものが違うから、混じり合わない。
それを融合させている日本の文化はすごいと感じていたのだけど...

そこに罪というものがなければ大丈夫なのだと感じた。

「あなたは聖霊によってのみ、意味があるものとして知覚される。
なぜなら、あなたの実存こそが、神の智識だからである。
このこと以外にあなたが受け入れる信念はどれもみな、神を
覆い隠すことになる。」

いろいろなゴチャゴチャは、エゴによって知覚されている私。
そのゴチャゴチャに認められようと頑張っても意味はない。


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by kokoro3heian | 2018-04-15 21:34 | 癒しへの道 | Comments(0)

第七章

神の国の贈り物

最後の一歩

わたしは神の国を今でもつくっていて、それを攻撃している!?
自我を選ぶ時はいつも、攻撃しているんだ...

すべてを祝福しよう。嫌なことも、嫌だと感じる人も。
それはわたしを神とひとつにしようとする聖霊の導きであるから。

わたしにはわからないことがある。それがわかればすべてが変化するかも
しれない。

〔 神とひとつになることより 〕

神の国の法則

外に投影されたものを信じてはいけない。


神の国の実相

実相と、そうでないもの(エゴ)を見分けるには... ?
見分けられて、光の兄弟だけを見ることが出来たならいいなぁと思う。
それは正しい心によって、現れるものなんだろうな。

今日はマトリックスを家族で観た。

真理の認識としての癒し

学ぶ必要はない。 思い出すだけ。

「忘れることはよりよく思い出す方法にすぎない。」

忘れる⇒思い出す   ではない
忘れる⇒葛藤から抜け出す方法  として用いる。


癒しと心の不変性

心は体ではない。
「心だけがコミュニケーションを行う。」
レベルが違うので、一緒にすると混乱してしまう。

ヒーラーの役目
「あなた自身の心を変えることにより、彼自身が取り消すのを助ける。」

「この心だけをあらゆる場所に見なさい。これだけがあらゆる所にあり、
あらゆるものの中にあるからである。それがすべてである。」

あなたは真理にもとずく生き方をする方法があると思っている。
方法などない。それはすべて必然のものだから。



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by kokoro3heian | 2018-04-09 17:25 | 癒しへの道 | Comments(0)

第六章 続き

愛のレッスン

聖霊のレッスン

A所有するためには、すべての者にすべてを与えなさい。

兄弟への贈り物 それは、完全に賞美し感謝する気持ち。
それが 神への わたしへの贈り物なのだから。

「聖霊にとっては、奇跡に難しさの序列はない。」

B平安をもつためには、平安を学べるように平安を教えなさい。

「あなたの教えていることがすなわちあなた自身である。」

カラーセラピーを次男と自分にやってみた。
心がすごく軽くなり、喜びに満ちた。

合わせてlesson74も復習する。
(たびたびワークブックをパッと開いて、そこを一日のレッスンにしたりした)

C神と神の国を守るためだけに警戒していなさい

わたしの中の神の国。 いずれわたしはこの世界から その神の国へ帰る。
それは保障されている。早く帰りたい!わたしは神の国をもっている。






コースは、正しい心へと促すもの

促すだけのもの。 それ以外に役割はない。

すばらしい 役割。

天国への階段   本当にある!

本当の天国を目指そう  幻ではなく。



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by kokoro3heian | 2018-04-09 16:58 | 癒しへの道 | Comments(0)

第六章 続き

愛のレッスン

攻撃の放棄

あなたが愛であることを学びなさい

唯一の答え

正しい心の状態でいたい。

今日は、母に腹が立たなかった。というより、腹が立つ方を選ばなかった。
とても疲れていて眠かったのもあるし、子どものことで気分が沈んでいたのも
あったのか...?
でも、ずっと赦しをしていたのだと思う。感情は沈んでいたけど、攻撃はしなかったから。

 わたしは癒されよう  神のために

 わたしの喜びは 神の喜びなのだから

しっかりと 導いて欲しい  手をとって やさしくしっかりと。

「どのような形で苦しんでいるかには関わりなく、助けを必要としている者は
みな、自分自身を攻撃しているのであり、その結果、彼の心の平安は損なわれている。」

マニュアルより

けれども、損なわれているのであって、失われることはない。

私には能力がないと思いこんでいる。
無力だから助けて欲しい...という自我の論法に従ってしまうことになる。
神を侮辱することはありえない。

私には力はない。と謙遜することは、エゴを支持することになる。
だから傲慢になるんだ。
その違いが、なんとなく分かる気がする。
傲慢だからといって、排除したくなるようなことでもなく...
ただ、間違ってただけだ。


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by kokoro3heian | 2018-04-09 14:49 | 癒しへの道 | Comments(0)

第六章 続き

愛のレッスン

投影に代わる選択肢

苦しみは、全部自我による仕組み。
ここのところ すごく苦しくて、パンさんに相談。
すごくハートが温かくなる。
動画を紹介してくれて、それがとても心に残った。
夜にマニュアルを読んだら、瞑想状態になり、そのまま
寝たら、ぐっすりたっぷり眠れた。スッキリ♪
このハートの平安が、いつまでもいつまでも続きますように...


混乱を招く。自我による仕組み(投影)に代る選択肢がある。

聖霊という選択肢。あなたがこの世界の中にはいないということの確認。

完全無欠な者は何も必要とはしていない。
あなたは完全無欠性が本性なので、達成困難なものとして
経験することはできない。
聖霊だけが葛藤から自由であるため、聖霊だけが葛藤から自由である。


捉え方ですべてが変わる。


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by kokoro3heian | 2018-04-07 17:27 | 癒しへの道 | Comments(0)

第六章

愛のレッスン


思い込み = 選択



十字架刑のメッセージ

責められる・迫害されるという強迫的な誘惑を、ここ数日間体験している。
それを赦すと、もの凄い解放感がある。
けれども、またすぐに新しい状況や問題として誘惑がやって来る。

「あなたは、ただ、間違って知覚してしまいたくなる誘惑がはるかに少ない
状況で、私の手本に従うことと、そのような誘惑を怒りの間違った正当化
として退けることが、求められているだけである。」

だけっていうけど... いやいや... この誘惑、たくさん来ているように思えて
ならないんだけど.....。
腹の立つことばかりに意識が行ってしまう。
それを真実と受け入れられたらいいのに...。

あなただけ... この世界では、私だけ特別という意味になるが、コースでは、
       私が責任を取る。という意味合いになる。

これは、非難についてのレッスンなのだな。

わたしは怒りません。 「怒り」は悲しみから始まった防衛だからです。


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by kokoro3heian | 2018-04-07 17:15 | 癒しへの道 | Comments(0)