ほんとうのこと

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カテゴリ:癒しへの道( 84 )

テキスト十六章 つづき

幻想を癒やす



完成のための選択

「特別な関係は常に、相手に罪悪感を抱かせるために自己に対して為される攻撃である。」

この世界は真理とは真逆。真逆への誘惑がたくさんあるように見える。

特別な愛は神だけ。私はそれだけを受け入れたい。

天国への道。 聖霊は融合の中にあり、自我にとっては勝つこと、打ち負かすことにある。

私は真理を恐れてるのかな... 直視すると、当たり前だって分かってスッキリするはずなんだけど...

「死んだ自分の肉体の上に彼の自己を蘇らせようとしている。」
この自我の儀式がよく分からない。輪廻転生のことかなぁ...?

意味のないことを繰り返している...ということかな...

「愛とは内容であり、いかなる種類の形態でもない。」

幻想は真実ではない。 疑いは必要ない。

幻想が真実であって欲しいというのと、真理が恐ろしいという度合いが同じ。


ありのままの姿 単純な選択を認識し損なってしまう。
救済されることで、幻想は真実ではないので恐ろしくはないということが分かる。
救済されるというより救済が起こる...という感じなのかな。




実相世界への橋

「あなたは自ら開放する通りに解放される。」
「あなたが見るのは、自分が価値を置いている世界である。」
「無は無でしかないのだから無を手放そうという単純な意欲をもつなら、どれほど多くの
ものがあなたを待ち受けているかを学びなさい。」
「急を要するのはただ、あなたの心を、この世界に固定された状態から解き放つことのみである。」

聖霊が望む小さな助けは、葛藤や迷いが引きつける特別な関係から、聖霊と共に聖なる瞬間へと入ること。
その中で聖霊が解放してくれるのに身を任せること。
自分は解放されたくない、という気持ちに気づくこと。



by kokoro3heian | 2019-02-13 12:20 | 癒しへの道 | Comments(0)

テキスト十六章 つづき

幻想を癒やす

愛の幻想と愛の実相

真実を探し出すのではなく、虚偽を探し出す。聖霊と共に。
葛藤を差し出す。

幻想 = 恐れ

幻想の中に愛はない。分離の中に愛は持ち込めない。
恐れの中で実在させようとしてもできない。恐れは実在しないのだから。

「重要なことは、あなたにとっては確かに実在するように見えるが
実は存在していないジレンマを解決するために、あなたが自分には
厳密に何ができると思っているかを、私たちが仔細に見つめることである。」

被造物とは?

神の総念 愛の延長 不変 今もありずっとあり続けているもの
被造物は真理そのもの。 聖なる神の子そのもの。
被造物を赦し、記憶を取り戻すことが私達の機能(はたらき)
ワークブック「被造物とは何か」より


「あなたが自分の中の真理を思い出せないということがあり得ないのと同様に、
父がそれを忘れることもあり得ない。聖霊が、神に至る橋である。」

その橋は、神とひとつになろうとする私の意欲と私との融合を喜ぶ神によって創造された。

「あなたが時間を超えたものに支えられてその橋を足取りも軽く渡るとき、あなたは神の
こころへと真っ直ぐに導かれる。」

すべての気がかりなものを聖霊へと解放し、ゆだねる。
機能を果たす役割を果たせば、足取り軽く歩めるに違いない。

自我が見せる世界に打ち負けないこと。
自我は神には勝たざるべし。
愛ある想念以外はすべて幻。
           ブログより抜粋


イライラしているときは、こういう言葉が入ってこない。
気がかりなことに気を取られているからだ。
何かを探そうと、気持ちは過去や未来や妄想に囚われ始める。
父は、私を忘れない。
聖霊はいつも見守ってくれている。




by kokoro3heian | 2019-02-12 22:42 | 癒しへの道 | Comments(0)

テキスト十六章 つづき

幻想を癒やす


聖性の力

私は、実相は存在しない、と躍起になっている。

「奇跡は、神を代弁する存在(もの)にとっては自然なものである。
なぜなら、聖霊の任務は、奇跡を智識に翻訳することだからである。」

「あなたには聖霊による奇跡の理解だけで充分としなさい。」

学びのためのシンクロが続く... すぐに忘れちゃうけど。

うーん。確かに理解していない。
理解を超えたものなのかもしれない。

「あなたには、神の愛についてはっきりと語る証人たちが大勢いる。」



教えることの報奨

行動=教えること=兄弟に教えること

それを私はきちんと見てこなかった。無意識だったかも。

「あなたは自分の本性について教えてきたが、自分の本性から教えてもらうことは
してこなかった。」

自分の本性から教えてもらう... ?

幻想からの分離 したいと思ってるけど。
誘惑や恐れが多すぎて出来ないと感じる。
でも、真理や本当の自由を少しでも感じることができたら...
そんな誘惑、屁でもない。

私は、本来のわたしたちのところに 必ず行き着く。

この日の午前中、おじいちゃんが亡くなった...



by kokoro3heian | 2019-02-04 18:35 | 癒しへの道 | Comments(0)

テキスト十六章

幻想を癒やす

真の共感

「過去を実在のものにして永続させるために、共感を用いてはならない。
静かに脇へ退いて、癒やしがあなたのために為されるに任せなさい。」

私は何もしなくてよい。
いつも静観できて、聖霊と共にいられますように。

「真の共感とは、それが何であるかを知っている聖霊からくるものである。」

「救われていない者には、救うことはできない。だが、彼らには救い主がいる。」

心配は、私の役割ではない。

きのうは長男の愚痴があまりにもひどいので、心の話をした。
心は繋がっていて時空間がない。何でも解決してくれる場所だからだ。
けれども結局エゴの誘惑は終わらず...
悶々としたが、心が平安であることの方選びたいと思う。

私が共有したいのは、聖霊の知覚、聖霊の強さだから。
私の共感を聖霊に差しだそう。
私を通して共有されますように...

与えられた場所で最善をつくす。
(そうは思えなくても私が望んだ場所なのだから)

「聖霊のみが、馬鹿げた必要も真の必要もどちらも認識している。
そして聖霊は、どちらも失わずに両方の必要を満たす方法をあなたに教えるだろう。」

必要を満たすことは、私ではなく聖霊の役目。

私の関わるすべてに、祝福を与えて下さい...




by kokoro3heian | 2019-02-03 17:15 | 癒しへの道 | Comments(0)

テキスト第十五章 つづき

聖なる瞬間

犠牲の終わりとしての降誕祭(クリスマス)

犠牲という考えのすべては、あなたが作り上げたものでしかない。
安全のない場合から自分を守ろうとする試みによって安全を追求してはならない。
神の無垢性が彼を護る。

「神が望むところに神を受け入れてそこにとどまらせる聖なる
接待主(ホスト)に、神は感謝を捧げる。」

クリスマスの時期ではないけど、「時を」新たに向かえようとしているのかもしれない。

『豊かさの中で自分の使命を果たしなさい』

最近驚くほど目にするのは「88」と「17」
豊かさを示すエンジェルナンバーとマヤ暦のナンバーだ。

私に与えられたもの。受け取りたい。不安や恐れから、怒りへと誘惑はあるものの兄弟を
解決しよう。私の自由のために。


私はあなたを、私自身の一部として聖霊に捧げる。
自分を幽閉するためにあなたを使いたいと望まない限り、
あなたが解放されると、私は知っている。
私たちが一緒に解放されることを認識しているので、
私は自らの自由の名においてあなたの解放を選択する。

素直さ。ノリのようにも感じる。喜び。楽しさ。理屈もなく何もなく笑える。

それが正しい心。 神の想念。

どうにかしなきゃと思う必要は無い。 解決しよう。

矛盾するような、でも矛盾しないパラドックス。



by kokoro3heian | 2019-02-02 18:02 | 癒しへの道 | Comments(0)

テキスト第十五章 つづき

聖なる瞬間

再生の時

何をやっても間違いとか正しいとか(良い悪い)はないけれど
それに対しての学びがあるだけ。

贈り物を受け入れたい。与えるために。

またエゴの不満に付き合うの嫌だな~~~、って思ってたけど
それは実在しないのだから聖霊が消してくれるんだった。
ならその不満は不要だったね。ははは...

「私の聖性は、私が見るものすべてを包み込んでいる。」
lesson36より

今日、ワークブックを開いてみた所は、やってみたら吐きけがした。
気持ちが悪い...なんでだ...
心の中の底にベターッと苦しみの層を感じた。
これをずっと持っていないといけないような気がしてた。
あ~そうか私が持っているものしか与えることが出来ないんだった。
この苦しみ、投影してた。仕方がないんだと思ってたけど。
う~ん、なるほどなぁ。
不安や不満を言うことが罪悪感と感じてたな~~。

『罪悪感がある(と思っている。感じている)から、不安や不満が出てくるように感じるんだね』

そうだね。そしたら恐れなんてないもんね。

外側に見える間違い(失敗、恐れ、不安など)はすべて、神と分離しちゃった!という小さな狂った考え。
たった一つの間違いにすぎなくて、それは起こっても始まってもいなくて、聖霊にすぐに消されている。
けれども何度も何度も心はそれを繰り返している...

「あなたがそれらを別々のものと見なすのではなく、同じ想念がさまざまに異なる形で
現れただけであり、しかもそれは自分が望まない想念だと、自ら進んで見なそうとするとき、
それらはすべて一緒に消えていく。」

犠牲は攻撃であって、愛ではない。」
犠牲ってなんだっけな...たしかマニュアルに書いてたな。

「犠牲とは幻想を信じることの代償である。それは、真理を否定するために支払わなければ
ならない代価である。」
マニュアルより

犠牲とは全面的。ちょっとだけ地獄にいようとか少し天国から離れるということは出来ない。
100%どっちか!!
ああ...コースを一番最初に見た時に、ブログで見たことあったのに。
それほど衝撃感じなかったな(笑)
犠牲の意味が分かるように導いていてください。





by kokoro3heian | 2019-02-02 17:36 | 癒しへの道 | Comments(0)

テキスト第十五章 つづき

聖なる瞬間


唯一の実在する関係

" 失敗 ”という感覚は、誤解に過ぎない。
失敗や損失を恐れている私は、存在しない。
神は、失うというものを知らないから。

「聖霊の中にのみ、神に知られざるものとあなたが理解しないものの両方についての自覚がある。」

聖霊は何でも知ってる。何でも答えてくれる。応えてくれる。
不可能なことなんか無いよって、教えてくれる。



聖なる瞬間と神の魅力

肉体を通じて望んでいるものすべてに、満足することはできない。
ということを知る。
私たちの任務は、抵抗しているもの、真理を隠している妨げを
まっすぐに正しい心で見つめること。
自我には共有したいものはない。目的はない。
自我の目的は達成されない。

愛は常に増大し 自我は限界を要求する。

罪悪の魅力... うー... ほんとにこれもう嫌だなー... 魅力に見えちゃうんだから、もう嫌141.png

肉体をコミュニケーションという目的の為だけに使う。
自我の視点である、分離や攻撃のために使わない。
それを聖霊に教えてもらう。


by kokoro3heian | 2019-02-01 18:32 | 癒しへの道 | Comments(0)

テキスト第十五章 つづき

聖なる瞬間


不必要な犠牲

外に怒りを投じるのは、自分に罪悪があると思っているから。
だからそれを見たくないと思っている。
けれどそれは、正しい見方でみてみると、なかったことに気づく。
それが光。

「それらを直視すれば、あなたが喜んでそれらを聖霊に差し出すことは確実だからである。」

神が望むものは何か?
自我が望んでいるものは何か?

「あなたは自分が怒っているときはいつでも、自我の「祝福」を受けた特別な関係を
形成したと確信してよい。」

聖なる瞬間。 それだけを期待しよう。

今朝は、テキストを開くつもりが、なぜかワークブックを無意識に開いていて、
ちょうど職場のことを考えていて、ぼ~っとしていた目に飛び込んできた。

「自分を防衛するなら、私は攻撃される。」
「未来を計画したり、過去を思い起こしたり、自分が望むように現在を整えようとする時に
あなたがしていることは、まさにこのことである。」
lesson135より

それが防衛の愚かさ。まさに今やってた。
職場に行って、あの人にあったらこうしよう ああ言おう...って没頭していた。

もう 大丈夫    心が言う。
私に任せて!    心が言う。

何も心配することはないし、気にとめることもない。
「癒やされた心は計画を立てない。」
『計画を立てる必要が無いからね』

「現在の確信が道を決めるのだから、予想はいかなる役割も果たさない。」

「あなたは死のための計画を作り上げたが、神はあなたを優しく永遠の生命(いのち)へと導いた。」



by kokoro3heian | 2019-01-31 15:31 | 癒しへの道 | Comments(0)

テキスト第十五章 つづき

聖なる瞬間

聖なる瞬間と特別な関係

たしかに、私の判断はすべて過去に基づいている。
自我を信じてしまうのは、過去を頼りにしてきたせいで、
それが無いとパニックが起きると恐れている。
認知症が怖い、というのに似ている。

「だが、私はあなたに、自我がなければすべてが愛になると保証する。」

聖なる瞬間は私に救済を教えてくれる。
聖なる瞬間って気づきのことだろうか... 瞑想の状態のようにも思える。

愛を学ぶレッスン。
聖霊は恐れを聖性へと翻訳することが出来る。


私はいつも過去と向き合っているような気がする。
そして、何かを解決しようと考えている。いつもいつも...
いつも今ここに居られたら、気づきもあっていいけれど、すぐにまた
過去や未来に飛んでしまう。愛を掴み取ろうと探し求めてしまう。

そんな必要もなく、何もする必要がない。
願いは叶い続けているし、欠乏感という幻想もない。

けれど私は見えるものすべてが分離した物に見えることが辛くて悲しい。
いつも評価し、判断してしまうことが嫌だ。
この条件反射が...反応してしまうことが辛かった。
私は人に自分の価値を押しつけて、自分も人の評価を押しつけられるのが嫌なんだ。
全部聖霊が解決してくれる...

「すべてのものごとは、神を代弁する声のこだまである。」
lesson151より



聖なる瞬間と神の法則

「私はあなたのすべての疑いに代るものとして、あなたに対する私の
完璧な信を差し出す。」

私も、兄弟も、すべての人の中に真理がある。

「聖性が共有されるとき、すべての分離は消え去る。」

思い出すこと。それを思い出すこと...!

「私は今、自分の中に神の愛を感じる。」
lesson189より

完全なる愛...

いろいろとゴチャゴチャ過去を持ち出したり、パニック状態になるのは、エゴの得意技。
今朝も、息子の学校のことで一悶着。エゴは、こういうのに付け込んで長引かせるの
本当に得意だ。げんなり141.png

理解とは心の中にある。
智識とは心の中にある。


by kokoro3heian | 2019-01-31 15:10 | 癒しへの道 | Comments(0)

テキスト第十五章 つづき

聖なる瞬



聖なる瞬間の練習

聖なる瞬間を遅らせてはならない。

「あなたは聖なる瞬間を、いつ、どこでも、あなた自身がそれを望むときに
要求することができる。」

神の中になる偉大さとは 何だろう...
それを聖霊は知っている...

そういう感覚って、わの舞やボイスレッスンの時に覚えたような気がして、
そこにフォーカスすると、思い出せそうな気がする。
ライアーの時や浄化ライブの時もそうだけど、神と繋がろうとする集中力を
高めてくれたように思う。
続けられなかったけど...
それは、望む力が弱いのかもしれない。
けれども、それは小さな灯火のように、私の心に灯っている。

ずっと ずっと



by kokoro3heian | 2019-01-19 14:42 | 癒しへの道 | Comments(0)