ほんとうのこと

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カテゴリ:癒しへの道( 55 )

テキスト13章 つづき

罪なき世界

無罪の神の子

罪悪感を除去する方法(自我目線) ⇒ 投影
自我は、罪悪感を保持したい。けれど私は耐えられない。
だから投影する。

これほどの苦しみを抱えて、人はどうして平気でいられるのだろう?
よっぽどうまくやってるのだろう...とか、罪を良しとしているのだろう...
とか、中学生の頃はそう考えていた。
どんなに自分を追い込んでも幸せになれない。やけくそのなっていた。
自我の言いなりになっていたように思う。
セラピストになりたいと思った頃は、暗闇と思っていた所には何もなくて
自分は悟りを経験したというか、垣間見たと思っていた。
それは大きな体験だったけど、今思うと、それはほんの一部の小さな悟り
だったと思う。信頼は確実に深くなっている。
私を守ってくれるのは、私の中の無罪性。神の子の無罪性だけ。

エゴのせいにしてはいけない。
選んでいるのは私だから。
何かのせいにした時、その何か、が、まったく無かったら怖い。
だから投影して楽になろうとしている。
けれども、それでは楽になることはない。これから先もない。
違うゴールを目指しているからだ。
幸福のゴールはそこにはない。

目の前の事柄がイヤだイヤだーーーーーーっって思ってるけどこれは、
神のことをイヤだイヤだーーーーーーって言ってるの?

...そんなはずない。神は幸せだけを願っているはずなのに...
こうすることで、ごまかされてる?すり替わってる?
本当はやっぱり、帰りたいーーーーーーっの叫びなんだよね。コレ。

罪はない。 闇もない。
あると思っているところに、どうか光を当ててください。

私が愛されるわけない... そんなにうまくいくはずがない... と、
どこかで思っているのかもしれない。
不信。 過去からの想い。

私と兄弟が天国を思い出せますように。

アーメン


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by kokoro3heian | 2018-09-20 18:54 | 癒しへの道 | Comments(0)

テキスト13章 

罪なき世界



罪悪感があるから咎める。
「というのも、裁いている心から分離したものとして自らを知覚しており、他者を
処罰すれば自分は処罰を免れられると信じているからである。」

ソワソワした気持ちや落ちつかない気持ち。何かに依存したくなるのも、
うわーーーーーーっ、とか、ぎゃーーーーーっ、とか感じる罪悪感を隠そうと
するもの。
でもそれは神の愛であって、気づいて戻っておいで、という声に他ならない。

「なぜなら、あなたにとって父を曖昧模糊にしたのは罪悪感であり、あなたを
狂気に駆り立てたのも罪悪感だからである。」

私が神の子であることを思い出せるだろうか...
心配はない。いずれはそうなるのだから。
それを信じて、声に耳を傾けよう。
贖罪のレッスンをしよう...

「この世界はまさに、神の子の十字架刑を絵に描いたようなものである。
そして、神の子が十字架刑にかけられることはあり得ないと悟るまでは、
これが、あなたが見る世界である。」

ああ...まさに。十字架刑の世界を見ているよ...




無罪性と、傷つかざる強さ

罪悪感は、神の子の咎めなき状態の否定。
「聖霊は時間の終着点に立っている。聖霊と共に居るあなたも、そこに居る
はずである。」

ゴタゴタはいらない。
存在しない。
求めない。
裁かない。
ほんとうの世界を見たい。
「あなたの世界を否定しなさい。そして神の子を裁いてはならない。」

贖罪を受け入れる...
怒りがわいて人を咎める時、自分は悪くないと突っ張るけれど、結局は
それは自分の過去の姿だったり、自分もやっていることだったりで、
全部自分に当てはまることだったりする。
けれど、その姿に嫌悪感を感じるので、責めること 遠ざけることで、
早く解決したいと願ってしまう。

それはすべて、私の姿なんですよねぇ...?
『あはは』
でもさぁ... やったらいけないことでしょう...?
『ハイ! スミマセン!』
...なんも言えないなぁ。これが傷つかざる強さよね。

「あなたは無罪であるがゆえに傷つかざる存在(もの)である。」

投影について
罪悪という考えは、誰かが誰かを咎めることができる、という信念。
それが一致に代わって分離を投影することになる。
罪悪感を通してのみ、過去にしがみついていられる。
自分のしたことのせいで自分が罰せられるだろうと信じているからである。
そのようにして、罪悪感は過去から未来へと進む。あなたの心の中に
過去と未来を保持する方法、時間というものを成り立たせる。
罪悪感とは、自我を継続させるためにある。
「常に」という変わらない真理、永続性は今である。
あなたの継続性の保証は神によるものであり、自我によるものではない。


未来はいらない。償いや、こうすれば良かったという念が、輪廻転生という
考えを生み、繰り返している。
罪が実在していてそれを償うというのが、エゴのやり方だから。
この世界は、エゴのやり方を支持している。
未来はいらない。過去なんてないから。
罪を犯したという過去はないのだから。

「神の子の無罪性を自分のものとして受け入れることが、あなたに神の子と
その真の本性を思い出させるための神のやり方である。」

罪悪感がなければ、攻撃は不可能

「そして完全に清らかであるあなたは、傷つかざる存在(もの)である。」

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by kokoro3heian | 2018-09-16 11:22 | 癒しへの道 | Comments(0)

テキスト十二章 つづき

聖霊のカリキュラム

愛を引き寄せる愛の魅力

神の子キリスト キリスト意識、みんなにある。みんな神の子。
私が神の子を攻撃している...
たしかに!
恐れと不安が攻撃させてしまうのだけど... 確かに攻撃している。

「あなたが尋ねる質問の1つにひとつに、一なる声が答えるだろう。そして、
心眼(ヴィジョン)が、あなたが見る一切についての知覚を訂正するだろう。」

神の記憶。

「あなたはこの記憶をただ求めればいいだけである。そうすれば思い出すだろう。」

思い出すことを選ぶ。私の世界はこんな風につくった...と、ただ眺め
ほんとうの世界はこのように地獄ではないことを喜ぼう。
私が地獄を想像したその瞬間に救われた。
それは存在していないので、神にも聖霊にも見えなかった。
けれども、私が見ているものは聖霊も見ている。
聖霊の心眼(ヴィジョン)を私が見ることで癒される。

そうか!無を見ているから、キリストが見えないんだ!

この胸のモヤッとしたギュッとした昔から感じる罪悪感は、
「思い出したい」「思い出すべき何か」
「ずっとほっておいたけど、何か忘れていたような気がする。」
「気がかりなことを思い出すきっかけ。」
つまり、思い出すためにモヤモヤしているんだな~。

これってギャーーーーーッ とか うわあーーーーーーーっとか
ジタバタしたくなるんだよね...
叫びも、思い出すための衝動なんだな。
これが「何かおかしい」と思わせるための神の愛。

何を探す?
この世界には答えは見つからない。
真理をみつけたい。それなら...探す場所はここではない。
ここに力を注ぐことはない。
「あなたは実在しないものを見て、絶望を見つけた。」

父はいつも呼びかけている。 その呼びかけを聞く。

それだけで充分。



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by kokoro3heian | 2018-09-05 14:54 | 癒しへの道 | Comments(0)

テキスト十二章 つづき

聖霊のカリキュラム


内側を見る つづき

「神のみから生じている心の力と壮大さは、もしあなたがそれを
本当に見るはずならば、あなたに平安をもたらすことしかできない。」


○○は不快。 ○○は心地よい ○○は不快...
不快なものは存在しない。
私に危害を与えるものは存在しない。
存在しない何かを見ている。
存在しない何かを聞いている。
答えを聞いていない...

実相世界のみを見るという、私の決断。
真理を顕現しようとする、私の決断。

「あなたが内側を見て私を見るなら、それはあなたが真理を顕現しようと
決断したからである。そして真理を顕現するとき、あなたはそれを外側にも
内側にも見ることになる。」

内側で見たものが、見たからこそ、外側にも見ることになる...
というのが引き寄せの法則が現れた証拠かもしれない。

「それがあなたによる判断であるなら、間違ったものとなる。
判断はあなたの機能ではないからである。
それが聖霊による判断であるなら、正しいものとなる。」

「判断はまさに聖霊の機能だからである。」

たしかに私は自分自身に逆らう判断をしている。
たくさんの過去の間違いや、傷ついたことを理由にして逆らってしまう。
聖霊は、本当に私のことを想っていて、正しい判断をしてくれる。
シンクロがそれを物語ってる。
シンクロと思えない事でも、後から考えてみると繋がっていたりする。
だから、考えなくてもいいのかもしれない。
判断をする。ゴールを正しく決断することが私の唯一の課題かもしれない。

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by kokoro3heian | 2018-09-02 14:28 | 癒しへの道 | Comments(0)

テキスト十二章 つづき

聖霊のカリキュラム


キリストの心眼(ビジョン)

病気や薬、精油や五次元ヒーリング。人それぞれに思い出し方は違う。
何だっていいんだ。どれを使ってもいいんだ。それを思い出すなら。

「聖なる神の子よ、私に祝福を与えてください。」
ワークブックlesson161より

きのうから激しいlesson。「私が!」がどうしても出てきて、激しい怒りが噴出。
その感情を感じて、こんなに怒りが出ます...と、聖霊に渡す。
聖霊に渡してよかった。
寝ている時、胃がキリキリと痛み、足もつるけど すべて聖霊に渡せばいいんだ...
と思った。
信頼   ありがとう。
あれこれ考えても、ぐるぐるするだけなんだから。
外側にいろんな問題が出て来たのに、奇跡的に解決していく...

月曜までに出さなくちゃいけない書類を郵便のポストへ、と思っていた私に
夫が「配達の人に渡せばいいよ」と言う。
ええ?配達の人、来ないでしょう~~~と言ってる私の窓の外でバイクの音がする。
郵便配達の人だ!!! 考える暇もなく走って渡す。
「あれぇ。間違って配達しましたぁ?」と、あまりのタイミングで出てきた私に
郵便の人も戸惑う。
「いえ。これ月曜まで間に合いますか?」
「消印は月曜になるけど、配達はどうかなぁ~大丈夫だと思うけど。」
と言って笑顔で走り去った。
などなど。

「あなたが学びをより多くの状況で活用するにつれて、学びの普遍化が実証されていく。
奇跡をあらゆる状況に適用するとき、あなた自身が、奇跡に難しさの序列はないことを
学んだと認識するだろう。」

信頼できる聖霊がいつもそばにいてくれることが、本当にありがたいと思った。

「奇跡が適用できない状況というものはない。」
それを提供してくれる兄弟に、感謝しなければいけないな。


内側を見る

苦しい想いをするたびに、これが私の望んだものか?とびっくりする。
これではない。こうである必要はない。
けれども、実際に接すると、イライラの方を選んでしまうマジック。誘惑。
これではない。必要ない。何度も何度でも切り捨てねば。
わたしはキリストの顕現を望む。
兄弟の中にあるキリストとは、どんな姿なんだろう...。

「私は聖霊の顕現である。そして、あなたに私が見えるとき、その理由は
あなたが聖霊を招いたからである。」

怒りを感じる時、その感情がどんなに大きいと思えても、いまここで味わって
聖霊を招く。
私はこれを感じてるけど、これは私ではない。
私は参加していない。ここに答えはない。
聖霊の導きを聞こう。聖霊の証人たちを招こう。
それが見えないのは、2つのゴールを信じているから。
ここらへんがよく分からないので、混乱するんだろうな...

癒し。 本当の癒し。

うーん、 分からん。


私は対立を受け入れている?
そうなのか。
そう見える、と思ってしまうし、それが常識だ...とか
やはり攻撃というものを認めてしまっているのかもしれない。

何を探すのか。
愛。 愛だけを求めたい。
その証人だけを求める。

運が悪いと思っているのは、あきらかに考え方が間違っている。
私が悪いのかなぁ... NO!  私が間違っているのかなぁ... YES!
間違っていることを、どれだけ素直に認められるかが鍵。

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by kokoro3heian | 2018-09-02 14:07 | 癒しへの道 | Comments(0)

テキスト十二章 つづき

聖霊のカリキュラム

探すこと、見出すこと


自我を愛する。 自我は愛を知らないから。
自我は消える。 自我は愛を恐れてるから。

こうなったらいいのに... という考えになるとき、それはエゴなんだろう。
苦しくなる。憂鬱になる。
それでいいんだ...という考え方になるとき
それは愛なのかもしれない。

「聖霊の導きのもとであなたが挫折することはあり得ない。」

聖霊の旅は、達成への旅。
あなたの周りには生命(いのち)が満ち満ちている。


正気のカリキュラム

確かに。
無視されたら「もうほっとこう!」とか、嫌な態度とられたら「なるべく話しかけない
ようにしよう」とか、妄想が始まる。これが平等化かも。
けれども、その状況に流されつつ...?わたしは心で反応が起きてるのかもしれない...。

「だからこそ、自らが傷つかざる存在(もの)であるという認識が、あなたの
正気を回復するために非常に重要なのである。というのも、自分が傷つかざる存在(もの)
であることを受け入れるなら、あなたは攻撃には何の効果もないと認識している
ことになるからである。」

私自身が弱められたり、傷つくことが不可能だとしたら、その状況を平等化する
必要はないんだな...
外の状況の中に、私はいない。私は参加していない。
外は幻想。幻想の中に私のかけらは存在していない。

「聖霊の愛があなたの強さである。」
未熟な学習者は存在しない。
けれども、自分のことを未熟な学習者だと思いこんでいる私には、特別な
教育が必要だ。
外には学びの手本となるものはない。
どうしてあんなに影響を受けて混乱していたのかというと、外には何も
学ぶものはないということを知るための体験にすぎない。
何かにフォーカスする必要はない。
私の中に答えがある。
落ちついて深呼吸して、答えが浮かび上がるのを じっと待つことが必要だ。



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by kokoro3heian | 2018-08-17 10:35 | 癒しへの道 | Comments(0)

テキスト十二章 つづき

聖霊のカリキュラム


神を思い出す道

「兄弟の癒しをあなた自身の癒しとして知覚することが、神を思い出す道である。
なぜなら、あなたは兄弟たちのことを神のことと一緒に忘れてしまったからである。」

病気の中に、愛を求める呼びかけを知覚する。
病気を頑なに信じている人がいても、聖霊の解釈によって、それが
助けを求めている懇願だと教えてもらえる。
兄弟と私が神を思い出す 聖なる時間はいつも傍にある。

それを思い出せますように...




実相に思いを投入する

貧しさとは欠如。必要は1つ。だから欠けているのも1つ。

行うことも、行わないことも、どちらでも良い。
拒否するということは、行わない方に救済があると信じることに
なってしまうんだな...
同じ間違いを共有することになるんだ...

きのうは父の通院だった。
病気に執着しているので、精油とか良い水を使えばいいよ!という
気持ちになっていた。けれど、使わなくても良いよ、と言った。
母は、使い方が分からないと言った。
父と母は、病院を信じている。私は精油を信じている。
けれども、どちらも病気(肉体)を信じているので、どちらも
間違っているんだな。
そこに救いはないのだから。

だから話がこんがらがる。
精油を使った方が幸福感があるし...幸福感は実相に近いと言ってたし...
と思っていたけど、勧めると対抗心が出てきてしまうので、ダメだと思った。
私が健康なのは、精油だけではないのだから。
ん?じゃなんで私は健康になったのだろう?

『わたしは幸せになる方法を知っている。心を正すだけ。それだけ。
 それで何をすればいいのかが分かる。』

わたしは病院へ行かない事が救済だと思っている。
これに執着しているのかな...だってどうしてもそう思えない。

「いかなる理由であれ、あなたが兄弟に対して怒るときはいつでも、あなたは
自我が救われるべきだと信じており、しかも攻撃によって救われるべきだと
信じている。」

あー これ。特に家族に感じるな~
最近、ミイラ取りがミイラになった...という思いが浮かぶ。

兄弟からの要求はどれもみな、あなたのものである。なぜあなたは、執拗にそれを
兄弟に拒むのだろうか。そのようにすることは、あなた自身を否定し、あなたと
兄弟の両方を貧しくすることである。彼はあなたと同じように、救済を求めている。」


何度読んでもギョッとする言葉119.png
受け入れたくなくて、いろんなカタチにしたくなる...
以前読んだはずなのに、コースの言葉はギョッとする119.png
何度も何度も同じことが目からウロコ状態だ~

「あなたが分離している世界は、分離の世界である。」
私がそこに没頭しようとしても、神はそうさせない。

「それゆえに、あなたは自分で作り出した世界に対する制御力がない。
その世界は、神とは異なる者となりたいという欲求により統治されている
ので、意志の世界ではない。」

意志の世界ではない。 ただただ、投影しているだけの世界ということかな...
「その世界があなたの外にあると信じてはならない。なぜなら、それがどこに
あるのかを認識することによってのみ、あなたはそれに対する制御力を
もてるようになるからである。」
心は決断のメカニズム。
自分の心ならば制御できる。

きのうはショックなことを聞きしばらく動揺した。
夜には聖霊と共に元に戻った。
エゴの誘惑って、いろいろ仕掛けがあるなと思った。


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by kokoro3heian | 2018-08-10 07:40 | 癒しへの道 | Comments(0)

テキスト十二章 つづき

聖霊のカリキュラム

聖霊による判断 つづき


一つだけの救済が分からなくなる。
それだけを求めることが出来るようにすることがこのコースなんだろう。
そして、それ以外に求めることなんか ないのだろう。

他の人が、私にどんな態度をとったとしても、聖霊の解釈によって
愛の想念と恐れ(助けを求める懇願)だと教えてくれる。
だから、すべての人はみんな、同じ立場なんだと理解することができる。

これしかないんだ...
これだけなんだ...
確かにシンプルだ。

「恐れとはまさに、否認されてきたものを無意識の内に認識して、
愛を求めている呼びかけだからである。」

否定されると、ものすごく怒りがわいてくる。
悲しみの後すぐに やってくる。
これは、私が神を否定した原初の記憶に結びつくのかもしれない。
愛を否定した、という記憶。
この否定から作られた、この世界。偽りの世界を
私は見ている。
否定された時に感じるこの怒りは、愛だったんだ.......
神の愛だったんだ...

受け取れない、受け取っちゃいけないと感じていた神の愛。
底に隠してずっとこびり付いた、罪という考え方に支配されていたんだ。

「愛を隠蔽することだけが恐れの目的であった。」

愛と勇気と希望と豊かさがあるという夢 = 実相

起こる問題 = 実相への不信

「愛に対抗する防衛の1つひとつの根底に、愛を求める懇請が潜んでいる。」

憎らしいと思える相手に、どうやって愛を与えたらいいのだろうか?
私の中の恐れにどうやって気づいたらいいのだろうか?
苦しいから、ついつい早く取り除いて欲しいと願ってしまう...
私が答えに気づきますように。私が答えを思い出せますように。

願いは叶えられた。ここに全部答えが書かれていた。
私の理解が深まる度に、楽になっていく。
感謝。

どうか 誘惑を超えて 兄弟と共に 実相へと早く 到達できますように。



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by kokoro3heian | 2018-07-19 11:24 | 癒しへの道 | Comments(0)

テキスト十二章

聖霊のカリキュラム

聖霊による判断

「誤りを解釈するとは、誤りに力を与えることである。」

鏡の法則とか 引き寄せの法則とか、ホ・オポノポノとか、
仏様の言葉、お釈迦様の言葉...

なるほどなぁ...という言葉は気づきを与えるし、そう思うけど
元に戻るというか忘れてしまう。日々の生活には、なかなか活かせない...
結局、何か人のためにやらなくちゃ 自分を変えなくちゃ という方向に
なってしまう気がする。
けれども、コースは何度も伝える
「真理はそれ自体で実在しており、真理を信じるには、あなたは何もする必要がない。」

エゴは反発するか、落ち込む。いい気分にならない。
けれどもコースを理解した分だけ、いい気分になる気がする。

確かに人のあれこれを考えると、自我の考えから抜け出せなくなる。
混乱して 聖霊の声は聞こえないし、コースのやってきたこと全部忘れて
分からなくなる。
動機を分析することで、自分の自我を巻き込むからなんだな。
おととい辺りから、聖霊に聞く 聖霊を巻き込む という風にしたら
ずいぶんと楽になり、混乱もしなくなった。

どんな形でも、すべての動機は、癒しと助けを求める心の叫びなんだな。
私が求めているのも助け。
彼らが求めているのも助け。 必要としているんだ。

攻撃の必要性と癒しの必要性。
日々、私はどっちを選んでいるんだろう。
混乱している時は、確実に攻撃が当然という壁にぶち当たり
ますます混乱しているように思う。

緊張感のすべては、拒絶...?

「神の助けを求める兄弟の呼びかけを聞きなさい。そうすればあなたは、自分自身が
父を必要としていることを認識するだろう。」

心の中の自分の実相を信じる気持ちを
妨げる障壁が取り除かれれば
自分の求めるものが現れます

自分の実相を信じることで
解決できないことはない

コースをやっている人のブログから一部抜粋
テキストのどこかの言葉かな?


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by kokoro3heian | 2018-07-19 10:57 | 癒しへの道 | Comments(0)

テキスト 十一章つづき

神か、自我か


救いへの目覚め

信じる = 見る

lesson163を開く。
「死は存在しない。神の子は自由である。」

「復活の神が望むのは、犠牲と屈服の精神においてではなく
自由の悦びの中で、あなたが自分の意志を学びそれに従うことだけである。」

わたしを傷つけ、卑しめ、怖がらせる すべてのものから立ち去ろう。
わたしには、立ち去る自由がある。
神の恩寵を受け入れ、わたしは贖われる。

神よ、私は「痛み」から自由になりたい。

lesson10を開く。
「私は、何も今あるままに見ていない。」



実相の状態

真実を区別できないと苦しいな。と、思っている私が苦しみを選んでる、気がする。
ん? この状態だと気づきはないな。
区別できない...と、そう思う必要もないってことか。
それすらも意味ないことなのかも。

「実相世界を知覚できると信じることは、自分自身を知ることができると
信じることである。」
「実相世界とは、あなたが作り出したものの中から、聖霊があなたのために
とっておいてくれたもののすべてである。これのみを知覚することが救済である。」



問題と答え

「私は問題を望んでいるのだろうか。それとも、答えを望んでいるのだろうか。」
「答えを求めると決めなさい。」

問題に囚われて苦しくなったので、ワークブックのlesson80を見る。
何度も「80」という数字を見たため。
「私の問題がすでに解決されていることを認識できますように。」

何度も何度も答えは与えられる。

「神の子に何でも求めなさい。そうすれば、彼の父があなたに答えるだろう。」

兄弟の中にも私は在る。
兄弟の中にこそ、神は在る。

彼の愛の想念だけを見る...

「だから、あなたの兄弟の実相について学びたいと求めなさい。」

彼の美しさの中に映る 自分の美しさを見る

マニュアルを読んで「そうか」と納得した。
その都度修正が必要なんだな。何度でも何度でも引き上げてくれる。


「彼の分裂した心はあなたの分裂した心だからである。そして、あなたは
彼の癒しなくして自分の癒しを受け入れることはないだろう。」

分裂した心を受け入れてはならない。
兄弟の中の憤慨させるものを、自分の心から引き抜く。
私は自分に憤慨している。私は、キリストに憤慨しているんだ。
理由は「無」というもの。けれども私は「無」を信じている。
だから怒りが沸き起こるんだ。
「無」を幻だと信じている時、心は平安だ。
無を信じ切っている人に、無はないと言っても分からないし、
混乱するだけだ。
すべては聖霊の導きを通して...
聖霊の癒しの力を受け入れ...
すべての咎めから救ってもらおう。

私が怯えているものの正体を聖霊に尋ねよう。
それはなんつーことのない、笑える出来事だから。

自分の恐れを 真理へと取り替えてもらおう。

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by kokoro3heian | 2018-07-12 17:21 | 癒しへの道 | Comments(0)