ほんとうのこと

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カテゴリ:癒しへの道( 61 )

テキスト 十三章 つづき

罪なき世界

罪悪感の雲 つづき
「あなたが自分自身を自由にしたいなら、未来と
過去の間に、神の法則が介入したければならない。
贖罪は過去と未来の間で、明るいランプのように
輝くので、あなたが自分自身を縛りつけてきた
闇の鎖は消えてしまう。」

「世界は、あなたから与えられたものしか、あなたに
与えることはできない。」

そういえば、中学生の頃、自分は何をやってもダメで
へったくそでブサイクだと落ち込む毎日だった。
いじめをキッカケに、人と話さなくていい気楽さで
自由を感じたりした。何もしていないのに全てが
光って、すべての人が愛しいと感じるときもあった。
今もその過去が、時々現れる。
闇の鎖を外して自由になりたい。

ああ…囚われの身。
どうして兄弟を縛りつけてしまうのだろう…
この感情は恨みのようにも思える…

人に罪をなすりつけることで、自分は救われると
どこかで信じている。
恐れがあるからだ。
相手が自由になり強くなることが怖いからだ。
でも、怖いのは、エゴ自身だ。
私ではない。
私にとっては好都合なんだよね。本当は。
彼は私であり、私は彼である。
「狂気を正当化できるものはなく、自分の身に処罰を
求めることが狂気でないはずがない。」

しっかり自分を責めてるもんな~
責めて、嫌な気持ちになるから人を責める。
その繰り返しだ 122.png

「神の子を部分的に咎めることは不可能だと、常に覚えておきなさい。」

ひえ~~~~ 122.png 嫌だな~~って、責めてるもんな~~

「あなたが恐れているものはすでになくなっている。」
罪悪感をなすりつけ合うのは疲れる。
そこから逃れようと、ゲームやテレビや本を読むけれど、
一気に怒りが襲ってくる。
内側には、いつもキリストがいる。
静寂と平安は、いつもここにある。
胸の中の影や闇は存在しない。

「だから、神があなたの中に置いた光を見なさい。
あなたがそこにあるだろうと恐れていたものは、
愛と入れ替えられているということを学びなさい。」

ワークブック lesson190
「私は苦痛のかわりに神の喜びを選択する。」

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by kokoro3heian | 2018-11-08 18:07 | 癒しへの道 | Comments(0)

テキスト 十三章 つづき

罪なき世界

罪悪感の雲
自分が損をしているのではないか?とか、
どう考えても間違ってることに対する
怒り、理不尽… 切りがないけど、芋ずる式で出てくるけど、こらが恐れなんだな。
私、恐れているんだ…
それが罪悪感という仕組みか…。

「罪悪感を抱く者たちは常に咎める。そして、すでに咎めた上でさらに咎めるので、自我の法則通りに、未来を過去に連結させる。」
まさに!


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by kokoro3heian | 2018-10-09 13:49 | 癒しへの道 | Comments(0)

テキスト十三章 つづき

罪なき世界

知覚から智識へ
資格にまつわる、過去のトラウマから、最近は
抜け出せずにいる。
今までのトラウマを、ちゃんと癒すシチュエーション
にはなってる。
過去の傷だと思うものが 浮かび上がってくる。
もうすべて、赦すしかないんのだけど…
でももう、赦せているのかもしれない…という気持ちになる。
聖霊と共に達成しよう。
トラウマだったことを克服し、心の静けさへと
達成しよう。

「実相の側面は、あらゆるところで、あらゆるものの中に
見ることができる。」
聖霊によって癒された視覚が、癒す視覚を闇の中にもたらす…ってことかな。

「神は、あなたが神の子とご自身を証しするのを待っている。」

スマホで入力は、しんどいけど 続けてみようと思う…

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by kokoro3heian | 2018-10-09 13:26 | 癒しへの道 | Comments(0)

テキスト第十三章 つづき

罪なき世界

実相世界の達成

実相世界に存在するものは、すべてが永遠に光り輝いている。
「痛みに疼いているこの世界には、生ける世界に触れるだけの
力はまったくない。」
「実相を裁くあなたに実相は見えない。」

否定されたものは認識されない。

私の誤りを認め、ゆるし、聖霊へ この悲しい世界を明け渡す。

わたしは、いま、神を理解することができる。
真の知覚

私は欠乏の世界を見て、欠乏の世界にいる。
実相の世界と欠乏の世界の仲介者として、聖霊がいる。
「聖霊のみが、あなたに何が必要かを知っている。光への道を
阻むことのないすべてのものを、聖霊はあなたに与える。」

「聖霊は、あなたがそこでくつろげないことを知っており、あなたの
喜ばしい帰郷を遅らせ、待ち続けることは意志しない。」

「聖霊は、あなたが私たちとあなた自身に目覚めることをあなたに
教えるだろう。これだけが、時間の中で満たされるべき唯一の真の
必要である。」

たくさんの過去の思い出や妄想の中を巡っている感じがする。
最近みる夢も、怒りのものだったりして、そこに頭を突っ込んでいる感じ。

目覚めは、心の静けさにある。
何にも邪魔されない強さにある。
私が聖霊と共にある。

仕事の事で、怒りがおさまらなかった。
何度も聖霊に頼んでみる。
怒りの原因ってすべてが思い込みからくるものだから、聖霊に預けてみる。
人に対してイライラしていたのだけど、それは聖霊に対する私の態度でもあった!
やはり、素直に聞いていると、サクサク進むんだな!

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by kokoro3heian | 2018-09-28 11:59 | 癒しへの道 | Comments(0)

テキスト第十三章 つづき

罪なき世界

二つの感情

自我の世界は共有できない。私的な世界を作り上げる。
だから分かり合えないんだ!そうだ。そうなんだよ!
けれども愛は共有している。そこに触れるとき、親しみが込み上げる。

勘違いしている人は、それをエゴ的解釈にしてしまう。
もうそれに合わせなくてもいいんだ。屈辱に感じなくてもいいんだ。
嫌な想いはすべて、過去からの反映。私がそう感じとっただけの話だ。
私が勝手にそういう意味合いにしてしまったんだ。

「あなたには二つの感情しかなく、一方はあなたが作り出したものであり、
もう一方はあなたに与えられたものである。」

...キリストの心眼(ヴィジョン)...  それは愛の贈り物。
キリストが見たい。光が見えますように。



現在を見出す

「真に知覚するとは、あなた自身の実相の自覚を通して実相のすべてを
自覚するということである。」

「彼に対してあなたが過去に示した反応も、そこにはない。」
過去のものを、今のものにしていないか?
過去は妄想。

あ~... がっつり今のものにしている。そんな行動をとってる。
そういえば、この前 狂ってる!って連呼しているのを聞いたな...
あ~ 狂ってる。最近の私。

「あなたから神の子を隠してしまう雲とは、まさにあなたの過去の
ことである。」

そうだよな... 長い付き合いになればなるほど、過去を見てしまう。
だから、身内との関係って難しいのかも。

新しい状況が現れるたびに不安になり、葛藤が生まれる。
その都度、聖霊に問う。

「過去・現在・未来は、あなたがそれらに連続性を押しつけない限り
連続的なものではない。」

鬱的な症状になってから、何もやる気はしないのだけど、人と何かを
共有している時だけは、とてもウキウキする。それはずっと求めていたもの。
人の中の光という感じ。だから、明るい鬱なのかな...と思った。
私は、光に反応している。
それは、神が聖霊を通じて介入しているんだと、日頃の奇跡を実感できる。

与えるものが受け取るもの... って、この世界だけのもので
実相にはありえないのかもしれない。

過去が存在しないなら、彼の過ちはただの妄想で、過ち自体が存在しない。
罪悪感は、私がエゴ的創造で生まれたものだから。

何回も何回も同じような気づきを繰り返している。
エゴ的で言えば、まったく進歩がないように感じてウンザリしたり
落ち込みの原因だったりする。
けれど、気づきは新鮮で、素晴らしいものだ。
それは、同じように見えるだけで、あらゆるレベルでの解放であり、
奇跡へ通じる道しるべだ。

「現在の連続性は実在するので、すべての癒しは現在の中にある。」


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by kokoro3heian | 2018-09-27 18:47 | 癒しへの道 | Comments(0)

テキスト13章 つづき

罪なき世界

救いに対する恐れ

闇だと思っていた所には宝がある。
罪だと思っていた事柄の土台の下に、天国や神の記憶が眠っている。
その眠っている記憶は兄弟たちの中に見える。
兄弟の中に、その真理の場所がある。
「あなたの愛から誰も除外してはならない。」
愛は恐れのある所には入って行けない。

あー...除外しようとしてたなぁ~...
自分の中の嫌な部分を、人に投影して 遠ざけようとしたり責めたり、
なんとか除外しようと躍起になっている時がある。
そういう時って、夢を見ている時と似ている。
「いま」に留まることなく、そっちに没頭している。

兄弟は時々、私を欺こうとする。それが嫌だ。
心閉ざしたくなる。
けれども、欺こうとしたり攻撃したりするエゴには、何の力も
ないのだ。本当は無力なんだ。

特別な愛は必要か? それは無力であるのに...


時間の機能

自我の時間の考え方... 過去を重視し、それを未来へ反映させる。「今」は自我にとって
           過去を思い出させるだけで、何の意味もない。
           過去の印象(イメージ)を保存し、現在の実相を覆い隠す。
「過去からの影法師こそが、あなたが逃れるべきものである。」
目の前の兄弟からのメッセージを自分自身の過去から受け取り、反応し、未来を
作り出している。

本当は過去も未来も存在しないのに。過去の影法師は夢に似ている。

「過去の苦痛は幻想だと学ばない限り、あなたは幻想からなる未来を選んでおり、
現在において見出せるはずの解放のための多くの機会を失っている。」

過去はいらない。存在しない。聖霊のそれだけを見る。
そうか、過去の自分との出会いなのか...
神聖な出逢いでありたい。

聖霊よ、いつも神聖な出逢いができますように。
救済の共有ができますように。

「すなわちとは、この世界が提供するものの中で最も永遠に近いものだから
である。過去も未来もない「今」という実相の中で、永遠が賞美され始める。
「今」のみがここにあり、「今」のみが、救済を見出せる場となる神聖な出会いの
機会を提供するからである。」

聖霊はあなたを時間から解放しようとする。
自我の継続性は あなたを時間の中にとどめようとする。

過去ではなく、現在を延長させる! 未来を解き放つ! 今!

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by kokoro3heian | 2018-09-27 18:17 | 癒しへの道 | Comments(0)

テキスト13章 つづき

罪なき世界

無罪の神の子

罪悪感を除去する方法(自我目線) ⇒ 投影
自我は、罪悪感を保持したい。けれど私は耐えられない。
だから投影する。

これほどの苦しみを抱えて、人はどうして平気でいられるのだろう?
よっぽどうまくやってるのだろう...とか、罪を良しとしているのだろう...
とか、中学生の頃はそう考えていた。
どんなに自分を追い込んでも幸せになれない。やけくそのなっていた。
自我の言いなりになっていたように思う。
セラピストになりたいと思った頃は、暗闇と思っていた所には何もなくて
自分は悟りを経験したというか、垣間見たと思っていた。
それは大きな体験だったけど、今思うと、それはほんの一部の小さな悟り
だったと思う。信頼は確実に深くなっている。
私を守ってくれるのは、私の中の無罪性。神の子の無罪性だけ。

エゴのせいにしてはいけない。
選んでいるのは私だから。
何かのせいにした時、その何か、が、まったく無かったら怖い。
だから投影して楽になろうとしている。
けれども、それでは楽になることはない。これから先もない。
違うゴールを目指しているからだ。
幸福のゴールはそこにはない。

目の前の事柄がイヤだイヤだーーーーーーっって思ってるけどこれは、
神のことをイヤだイヤだーーーーーーって言ってるの?

...そんなはずない。神は幸せだけを願っているはずなのに...
こうすることで、ごまかされてる?すり替わってる?
本当はやっぱり、帰りたいーーーーーーっの叫びなんだよね。コレ。

罪はない。 闇もない。
あると思っているところに、どうか光を当ててください。

私が愛されるわけない... そんなにうまくいくはずがない... と、
どこかで思っているのかもしれない。
不信。 過去からの想い。

私と兄弟が天国を思い出せますように。

アーメン


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by kokoro3heian | 2018-09-20 18:54 | 癒しへの道 | Comments(0)

テキスト13章 

罪なき世界



罪悪感があるから咎める。
「というのも、裁いている心から分離したものとして自らを知覚しており、他者を
処罰すれば自分は処罰を免れられると信じているからである。」

ソワソワした気持ちや落ちつかない気持ち。何かに依存したくなるのも、
うわーーーーーーっ、とか、ぎゃーーーーーっ、とか感じる罪悪感を隠そうと
するもの。
でもそれは神の愛であって、気づいて戻っておいで、という声に他ならない。

「なぜなら、あなたにとって父を曖昧模糊にしたのは罪悪感であり、あなたを
狂気に駆り立てたのも罪悪感だからである。」

私が神の子であることを思い出せるだろうか...
心配はない。いずれはそうなるのだから。
それを信じて、声に耳を傾けよう。
贖罪のレッスンをしよう...

「この世界はまさに、神の子の十字架刑を絵に描いたようなものである。
そして、神の子が十字架刑にかけられることはあり得ないと悟るまでは、
これが、あなたが見る世界である。」

ああ...まさに。十字架刑の世界を見ているよ...




無罪性と、傷つかざる強さ

罪悪感は、神の子の咎めなき状態の否定。
「聖霊は時間の終着点に立っている。聖霊と共に居るあなたも、そこに居る
はずである。」

ゴタゴタはいらない。
存在しない。
求めない。
裁かない。
ほんとうの世界を見たい。
「あなたの世界を否定しなさい。そして神の子を裁いてはならない。」

贖罪を受け入れる...
怒りがわいて人を咎める時、自分は悪くないと突っ張るけれど、結局は
それは自分の過去の姿だったり、自分もやっていることだったりで、
全部自分に当てはまることだったりする。
けれど、その姿に嫌悪感を感じるので、責めること 遠ざけることで、
早く解決したいと願ってしまう。

それはすべて、私の姿なんですよねぇ...?
『あはは』
でもさぁ... やったらいけないことでしょう...?
『ハイ! スミマセン!』
...なんも言えないなぁ。これが傷つかざる強さよね。

「あなたは無罪であるがゆえに傷つかざる存在(もの)である。」

投影について
罪悪という考えは、誰かが誰かを咎めることができる、という信念。
それが一致に代わって分離を投影することになる。
罪悪感を通してのみ、過去にしがみついていられる。
自分のしたことのせいで自分が罰せられるだろうと信じているからである。
そのようにして、罪悪感は過去から未来へと進む。あなたの心の中に
過去と未来を保持する方法、時間というものを成り立たせる。
罪悪感とは、自我を継続させるためにある。
「常に」という変わらない真理、永続性は今である。
あなたの継続性の保証は神によるものであり、自我によるものではない。


未来はいらない。償いや、こうすれば良かったという念が、輪廻転生という
考えを生み、繰り返している。
罪が実在していてそれを償うというのが、エゴのやり方だから。
この世界は、エゴのやり方を支持している。
未来はいらない。過去なんてないから。
罪を犯したという過去はないのだから。

「神の子の無罪性を自分のものとして受け入れることが、あなたに神の子と
その真の本性を思い出させるための神のやり方である。」

罪悪感がなければ、攻撃は不可能

「そして完全に清らかであるあなたは、傷つかざる存在(もの)である。」

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by kokoro3heian | 2018-09-16 11:22 | 癒しへの道 | Comments(0)

テキスト十二章 つづき

聖霊のカリキュラム

愛を引き寄せる愛の魅力

神の子キリスト キリスト意識、みんなにある。みんな神の子。
私が神の子を攻撃している...
たしかに!
恐れと不安が攻撃させてしまうのだけど... 確かに攻撃している。

「あなたが尋ねる質問の1つにひとつに、一なる声が答えるだろう。そして、
心眼(ヴィジョン)が、あなたが見る一切についての知覚を訂正するだろう。」

神の記憶。

「あなたはこの記憶をただ求めればいいだけである。そうすれば思い出すだろう。」

思い出すことを選ぶ。私の世界はこんな風につくった...と、ただ眺め
ほんとうの世界はこのように地獄ではないことを喜ぼう。
私が地獄を想像したその瞬間に救われた。
それは存在していないので、神にも聖霊にも見えなかった。
けれども、私が見ているものは聖霊も見ている。
聖霊の心眼(ヴィジョン)を私が見ることで癒される。

そうか!無を見ているから、キリストが見えないんだ!

この胸のモヤッとしたギュッとした昔から感じる罪悪感は、
「思い出したい」「思い出すべき何か」
「ずっとほっておいたけど、何か忘れていたような気がする。」
「気がかりなことを思い出すきっかけ。」
つまり、思い出すためにモヤモヤしているんだな~。

これってギャーーーーーッ とか うわあーーーーーーーっとか
ジタバタしたくなるんだよね...
叫びも、思い出すための衝動なんだな。
これが「何かおかしい」と思わせるための神の愛。

何を探す?
この世界には答えは見つからない。
真理をみつけたい。それなら...探す場所はここではない。
ここに力を注ぐことはない。
「あなたは実在しないものを見て、絶望を見つけた。」

父はいつも呼びかけている。 その呼びかけを聞く。

それだけで充分。



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by kokoro3heian | 2018-09-05 14:54 | 癒しへの道 | Comments(0)

テキスト十二章 つづき

聖霊のカリキュラム


内側を見る つづき

「神のみから生じている心の力と壮大さは、もしあなたがそれを
本当に見るはずならば、あなたに平安をもたらすことしかできない。」


○○は不快。 ○○は心地よい ○○は不快...
不快なものは存在しない。
私に危害を与えるものは存在しない。
存在しない何かを見ている。
存在しない何かを聞いている。
答えを聞いていない...

実相世界のみを見るという、私の決断。
真理を顕現しようとする、私の決断。

「あなたが内側を見て私を見るなら、それはあなたが真理を顕現しようと
決断したからである。そして真理を顕現するとき、あなたはそれを外側にも
内側にも見ることになる。」

内側で見たものが、見たからこそ、外側にも見ることになる...
というのが引き寄せの法則が現れた証拠かもしれない。

「それがあなたによる判断であるなら、間違ったものとなる。
判断はあなたの機能ではないからである。
それが聖霊による判断であるなら、正しいものとなる。」

「判断はまさに聖霊の機能だからである。」

たしかに私は自分自身に逆らう判断をしている。
たくさんの過去の間違いや、傷ついたことを理由にして逆らってしまう。
聖霊は、本当に私のことを想っていて、正しい判断をしてくれる。
シンクロがそれを物語ってる。
シンクロと思えない事でも、後から考えてみると繋がっていたりする。
だから、考えなくてもいいのかもしれない。
判断をする。ゴールを正しく決断することが私の唯一の課題かもしれない。

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by kokoro3heian | 2018-09-02 14:28 | 癒しへの道 | Comments(0)