ほんとうのこと

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第十章 つづき

病気という偶像


神の否定

崇拝してはならない。
戻るべき道を目指し、導くものの答えを聞く。
ゆだねるけれど、やるべきことは私。

私は、父から分離されたと思って憂鬱になり、憂鬱を投影してこの世界を
つくり、この世界を信じることにより、どんどん投影するものを増やした。
私はこの世界を宝物のように持っているが、それは幻想で夢のようなもの。
私が宝物から目を離せば、それは消えてなくなる。
けれど、消えてなくなる幻そのものだと勘違いしている私は、「消えてなくなる」
という恐怖を感じている。
そんなものは本当はありえないのだけど。
宝物から目が離せないのは、その恐怖を感じるからだ。

「あなたが神に対して罪を犯すことなどできないと知っている神が、
あなたを助けてくれるだろう。」

「あなたが神は自分の呼びかけに応えてくれなかったと思うときは、
あなたが神からの呼びかけに答えていないのである。」

私は自由。心は自由。

「なぜなら、あなたは自分が知覚している病んだ形象を、神の子らだと
信じているからである。」

私がそう信じているから、そんな人が見えるんだ...


物事から許す、のではなくて、そこに感じている罪悪感から解放する...
というのが赦しかなぁ。

「時間を超えたものだけを実在のものとして受け入れるなら、あなたは
永遠を理解し始め、それを自分のものとするだろう。」


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# by kokoro3heian | 2018-05-23 11:12 | 癒しへの道 | Comments(0)

第十章

病気という偶像


外ばかり見ていると心がおざなりになるけれど...
内ばかりみていても、混乱するだけだ。
降参するしかないのだけど、それすらも分からなくなる。
天に架けた橋を、どこだったか...と探すみたいに。

探さなくていいのか。それは、いつもいつも用意されている。

そういえば、今日、願いが叶う方法を思い出した、という夢をみた。
それはとても簡単で、ありきたりのことなんだけど、すぐに忘れてしまう
という難点があった。
本当に簡単だったんだけどな~~...。
どうやら今はマニュアルに書いてある「不安定な時期」のようだ...



神の内なるわが家にて

エゴは手柄が欲しいのだ。
知りたいという気持ちでテキストを読むとつらい。
けれども、読んでいれば思い出すのだ、という確信で読もうと思う。


忘れるという決断

「あなたは忘れてしまったからこそ、恐れている。」

解離させたこと自体を恐れている...

否定しているのは誰か? 私。
他人のように見えても、私が否定している...

ただただ赦す...



病気の神 ~ 病気の終わり

病気が存在するかどうかは、自分で選べる。
他のものも全て。
神を選ぶのも自分。
けれども、神をつくりだすことは出来ない。
神と神の子がいるだけ。それだけ。
神が私の幸福を願わない訳はない。
その神を信じよう。もし...という狂った考えは捨てよう。
もし とか でも とか言う度に私は神を攻撃している。

「神の法則はただあなたの益となるように働き、神の法則の他に法則はない。
その他のすべては単に無法則であり、すなわち混沌である。」

他の法則は存在しない。妨害を手離す...

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# by kokoro3heian | 2018-05-23 10:56 | 癒しへの道 | Comments(0)

第九章 つづき

贖罪の受容

二つの評価

読むのが苦しい。読んでも正しい心の状態にならない...
普段、いつもこういう状態なのだろう。
エゴの抵抗を強く感じる。

「救済を求めて遠くを探す必要はない。毎分、毎秒が、あなたに、
自分自身を救う機会を与えている。」

神の壮大さを感じられる地点から、エゴによって卑小さにつられる...
引きづられる...と感じていたけど
コースには「誰がそれを許可したのか」と書かれている。
誰が許可したかと問われれば... 私しかいない119.png

「私がいなければ神ご自身が不完全である。」

ああ。そうだよね。正しい心の状態にならなければ、残念に感じる。
それは神も同じ。



壮大さと尊大さ

エゴは考え方が攻撃的。
真理は優しくてやさしくてかんたん やわらかい。
それが壮大さ、かもしれない。

「あなたは神の心の中以外のどこにも居られないということを
いつも覚えておきなさい。これを忘れるとき、あなたは必ず絶望し、
攻撃することになる。」

私が不幸なのではない。癒されていないだけだ。
神の癒しが必要なだけだ。

壮大さ = 自我に対する神の答え

壮大さを見ようとする意欲...

あ~そうか。自我をしっかり見なきゃいけないとどこかで思ってて、
グルグル巻き込まれてたんだ。
私がしっかりと見なきゃいけないのは真理だ!!!
そうだよ~ 間違ってたよ~
しっかり真理を見て、エゴは幻想だからサヨナラ~~で良かったんだ
よね?

感情は生もの。味わうだけ。理由はない。
それを聖霊に伝える。
霧が晴れるように真理を教えてくれる。
受け取れていない気がしたとしても、うまくいかないように思えても問題ない。
エゴを見ても、聖霊と共に透過する。
そこに問題はないのだから。


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# by kokoro3heian | 2018-05-23 10:29 | 癒しへの道 | Comments(0)

第九章 つづき

贖罪の受容

聖霊による赦しの計画

今は土台作りなんだな~~...と感じた。
真理を腑に落とすには土台が必要なんだ。
それにしても、批判とか...エゴにとらわれやすいな~最近。
とらわれている事に気づいた...ということなのかなぁ。
つらい。何もしたくない。お金がなくてもできること沢山あるのに...
夢はある。けど、それに対して何もしたくない。
何もできない...
言い訳ばかりがうずまき、人を責めたくなる衝動にかられる。

と、書いてからテキストを読んだら
「あなたの知覚を誤りの上にとどめてはならない。」だって!
まったく その通り103.png

「あなたは自分の能力を自我の目を通して見てはいけない。
そのように見るなら、あなたも自我のように、自分の能力を
裁くことになる。あなたの能力の有害性はすべて自我による判断の
中にある。」

そうだ!いろいろとうかぶネガティブなことはエゴの抵抗であり、神と
ひとつに戻りたいという心の叫びなのだった!

苦しい時や重苦しい気分、嫉妬、落ち込み、こんな気持ちの時は
「私」が何かをしようとしている。やろうとしている。やらなければ...という
間違いをしている時だ。
完璧な聖霊にお任せしよう。ゆだねて安心しようと奇跡を願う時、その状態に
なるのかもしれない。




癒されていない治癒者(ヒーラー)

反発している...ということは、それ(エゴ)を依然として信じているということ。

「神が「光あれ」と言ったとき、光は現れた。」
「闇を分析することによって光を見出せるだろうか。」

分析は魅力的だ。けれどそれはエゴの解体でしかない。
幻(ありえないもの)を解体・分析しても、それを信じるという狂った
証をみつけているだけになってしまう。

光は彼からのものではない
光は彼のためのもの
聖霊だけが唯一の治療者(セラピスト)である。

「善なるものだけが効力をもち得るのである。それ以外のものは
まったく効力がない。」



兄弟を受け入れる

あ~~~...最近の状況からすると、すごい抵抗感~~~~~!!
この抵抗感は神への愛の叫びなんだよね!?
エゴはコレをねじまげちゃうからな~~~~~!!

    ...... テキスト読も。

幻想に意味をもたせようとする兄弟に引っ張られてたけど...
聖霊が良い結果をもたらすなら...うん、もたらしてる...
不安になっても聖霊の方の導きを信じればいいんだ。
って、思うけど。不安になると聞こえないんだよな~130.png

恐れを信じることになるからな...
2つを一度に信じることはできないんだものな。

与えることは 受け取ること
私がこれを理解することができますように


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# by kokoro3heian | 2018-05-22 17:10 | 癒しへの道 | Comments(0)

第九章 つづき

贖罪の受容

祈りに対する答え

心の安らぎ、平安は、自分が何とかして つなぎ止めなければ...という
のは間違っている。それが恐れからくる考え方だからだ。

私はそれで人をつなぎ止めてきたんだ...
それを赦そう。

世界には自分しかいない
誰にも奪われるものはない 求めるのではなく与える
人を責めるのでも
人を変えようとするのでもなく
自分の心を変える
それが本当の成長かも

コースをやっている人のブログから抜粋

私は混乱している。これじゃ真理の声は聞こえないよな...
「あなたは彼の声を聞くときに、私の声を聞く。
真理に耳を傾けることだけが、今それを聞き、ついにそれを
知ることができるようになる唯一の方法である。
兄弟があなたに送るメッセージは、あなた次第である。」

「聖霊が兄弟の中に居ること、そして、兄弟を通して聖霊の声が
あなたに語るということを思い出しなさい。」

真理を聞けない人も沢山いるけど、聞ける人もいる。
それでいいんだ。
聞けないからってガッカリすることないし、自分を責める必要もない。
いずれはそうなる。準備ができたら。

「あなたは与えることによって受け取る」

意味がわからん~~~ という感じだけど...
過去に囚われて、私は神の子を見ることが出来ずにいる、ということだ...
過去や、その人のオーラに腹を立てている。そして拒絶している。
苛立たしい人のどこに聖霊がいるのだろう...

世の光は、私の赦しを通して、すべての心に平安をもたらす
lesson63より

このレッスンを読んでいる間に、職場の人と私の過去生が見えた。
今の状況が腑に落ちた。
そして、いつもの聖霊のユーモアで笑いに変わり、ものすごい解放感が
訪れた。

この世界はゲームみたいなもの。どんな残酷でさえも。


誤りの訂正

前世の事なんて、本当はどうでもよいことかもしれない。
けれども、赦しによって癒される手段は様々なきっかけがある。
それが形に思えるけど、解放されてしまえば無になる。

兄弟のことが神の子なんて思えない時があるけど、思える人やタイミングが
あることを嬉しく思う。エゴの目で見ているか、キリストの目で見ているか...

怒りがわいている時は、エゴを通して見ている。
そういう時は、聖霊に耳を傾けていないからだ。
イライラ、ムカムカはエゴのサイン。

「兄弟が正気でない行動をしているとき、あなたは彼の中に正気を知覚すること
によってしか彼を癒すことはできない。
あなたが彼の誤りを知覚し、それを受け入れるなら、あなた自身の誤りを
受け入れていることになる。あなたが自分の誤りを聖霊に預けてしまいたいの
なら、兄弟の誤りについてもそうしなければならない。」

あーーー... まったくその通りだ。
私は必死に自分の正しさを守ろうとしている...。
私は自分の間違いを認めて、聖霊に差しだすことができるだろうか...
エゴが難しさを感じさせるんだろうな~~...  あ~~... 
兄弟の誤りを攻撃したくなるな~~...  う~~...

「もしも彼が間違っていると考えるなら、あなたは自分自身に有罪宣告を
しているのである。」


誤りは実在しない。

「あなたの道を見出し、それを保ちたいのなら、自分の傍らに真理だけを
見ていなさい。あなたと真理は一緒に歩いているからである。」

「兄弟の誤りはあなたの誤りと一緒に赦される」

「聖霊は、あなたが一切を咎めずに見ることを学ぶことによって
自分自身を咎めずに見る方法をあなたに教えてくれる。」

私は世界を祝福する。それは、私が自分を祝福しているからである。

lesson187より


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# by kokoro3heian | 2018-05-18 14:57 | 癒しへの道 | Comments(0)