ほんとうのこと

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テキスト第十四章 つづき

真理のための教え

贖罪の環

「誰もが贖罪において果たすべき特別な役割を担っている。」
役割はなんとなく分かる。周りの評価なんて気にしなければ。

「聖霊は幸せになる方法以外には何もあなたに教えない。」
信じようと思う。

「ここでのあなたの唯一の召命は、積極的な意欲をもって、あらゆる形の罪悪の否定に献身することである。」
召命(ネットより)... 罪の世界に生きていた者が、神に呼出されて救いを与えられるという意味で使われる。

自分が幸せで余裕があるなら、何かを責める必要はない。
私が満たされていれば、罪も怒りも悲しみもなければ、なにも責める必要はない。

ここを書いている時に、後ろで息子の通信票について夫が話をしていた。
通信票を読んでみると、担任のコメントに怒りがわいてきた。
なんだっつーんだ。人には得意不得意ってもんがあるだろーーよ!
通信票の評価は悪くなかった。
むしろ、今までで最高に良い結果だったのだけど。
将来への不安をあおるような文面に思えた。以前から、担任の思い込みの激しさを軽蔑している私がいる。
頭まで筋肉質なんじゃないの?人の気持ちに鈍感すぎるわ。女心がまったくわからないカチンカチンの...
と、不満はどんどん出てくる119.png
自分が幸せで満たされていれば、こんな不満は出てこない。攻撃的にもならないはず。
私は息子を信じてやれてない。
不安があるのだ。
どんなことを言われても、どんなことがあっても、息子を信じていようと思う。
息子を信じるということは、聖霊を信じるということで。先生も信じるということなのか...
そうなると、受け取り方も違ってくるな...
先生は、先生なりに精一杯、自分の経験を通して考えてくれているんだな。
ああ... 私も自分の経験を押しつけているのかもなぁ... 反省反省...


罪悪からの解放 贖罪の環
「私」という特別性から抜け出し、この世界の中にある私をただ
客観的に見つめる。
それは映画の中の一コマ。
わたしは、その中にいるかのように感じているだけで、なんのつながりも関わりもない。
過去は私とは何の関わりもない。(知覚的に)
実相が、過去でも未来でもないとしたら...
私はいったい何を見ているのだろう...

「時間は私たちがこの選択をするのを助けるためにある。それが
時間の神聖な目的。」
lesson138「天国は私が下すべき決断である。」より抜粋

「聖性は必ず共有される。」

お互い、どんな勘違いがあっても 聖なる瞬間には すべてが繋がっている。


by kokoro3heian | 2018-12-22 17:05 | 癒しへの道 | Comments(0)