ほんとうのこと

kokorococo.exblog.jp

テキスト第十四章 つづき

真理のための教え

贖罪におけるあなたの機能

兄弟の中の光 それがキラリ  癒やしの森きらり の役目。

「彼の無罪性が、あなたの贖罪である。」
「神でさえ、それを最初に神に預けている。」

どうすれば赦すことができるのか?
どうしたら、この赦そうとしない心が回復できるのか?
それがエゴの法則だから、それを学び理解できるように
サポートを求めることなのかな。

「地上においては、これがあなたの唯一の機能であり、それが
あなたが学びたいすべてだと学ばなければならない。
これを学ぶまでは、あなたは罪悪感を感じる。」

どんな形のものも、どんな状況のものも、私が感じる罪悪感は、
全力で自分の役割を断り続けていることが原因だからだ。
完璧に守られていながら、神の心の中にいながら、私は愛を
突っぱねている。
なぜ、突っぱねているのかが分かれば、思い出すに違いない。
だから必ず戻ってくる。必ずいまここに戻ってくる。

「自分で自分のために何らかの決断を下そうとする前に、あなたは天国に
おける自分の機能に逆らう決断をしてきたということを思い出しなさい。」

人を責めることで、自分も重い荷物を背負っている。
今までの私のやり方は、神と共に生きる喜びや愛や聖性に喜喜ととして
目覚めるということから、外れていた。

「どうすれば神と共に決断できるのかを学んだとき、すべての決断は
呼吸することと同じように容易で正しいものとなる。」

ただ、私の意見が難しいと思わせる。
難しいという思い込み。それを疑う。
本当に難しいのか?

「聖霊は知っている。」

神を知るための必要条件とは? 神の子の無罪性を知ること。
ただ ただ 委ねるだけ...かなぁ...

違和感とか恥ずかしさとか、ありえない、とか無理と思う時に感じる
抵抗感や、私がやった、とか私のおかげ、とか有名だとか感じる
優越感とか、私ってなんて不器用なんだ、下手くそ、とか、駄目な人と
感じる劣等感。すべてがモヤモヤなんだ。
モヤモヤは、光を隠そうと、いつも躍起になり、ふわふわと浮かんでくる。
モヤモヤを見るのではなく、光を見る。聖霊と共に。

私は知っている、という思い込みがモヤモヤを作り出す。

間違ってるな~ということが、たくさんある。
不安になると、幻想を心の拠り所にしている...

「天国は私が下すべき決断である。」
lesson138

「思い出必要のあることは、あなたが何千もの選択に直面させられると
思っていても、下すべき選択は本当は一つしかないということである。
そして、それさえも、選択のように見えるだけのものである。」

決断がたくさんあるように見えるから混乱するんだ。
選択はたったひとつだけ。

選択のようにみえる... 祭壇の前では選ばなくても、神の意思と
共にある... ということなのかな。


by kokoro3heian | 2018-12-13 15:48 | 癒しへの道 | Comments(0)