ほんとうのこと

kokorococo.exblog.jp

テキスト第十四章

真理のための教え

学びの条件

不安は幻想。ありえないもの。わたしは常に祝福されている。
「だからこそ奇跡は、あなたがすでに祝福されているという証拠を、
あなたに差し出すのである。」

一番したいことは、分かち合い。
でも、この世界ではできない、ということなのかな。
見ること、行うことは間接的だけど、聖霊のメッセージでは
間接的ではないという。
神や聖霊は直接的?
それが分からなくなっているんだな...

幸せな学習者

「真理が真実であると、あなたが誰かに教えるとき、その人と一緒に
あなたもそれを学ぶ。」

幸せな学習者...でありたいな。 光はすでに訪れている。


無罪性を選ぶ決断

罪悪感は、やっぱりある。
それが無だったと、少しずつ信じられるようになった気はする。
これは苦痛を埋め合わせるための無罪性なんだろうか...
無罪性... 罪は存在しないってことなんだよね。
ふうん... 苦痛を感じているのは周りなのか自分なのかが
分からなくなってしまったなぁ...
どちらも同じか。 私が持ってるから、そう見えるんだっけ。

苦痛は何かの罰だと思ってるのかな。
私が幸せでいてはいけないと思っているのかな...?
恐怖の源は全部、罪悪感なのかなぁ。

鬱とは、幸せになることへの否定の気持ち。
苦痛の方が魅力的に見えるし、安心感を感じるので、そちらを
選択し、世界から引きこもる感覚のこと。


[PR]
by kokoro3heian | 2018-12-05 18:50 | 癒しへの道 | Comments(0)