ほんとうのこと

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第七章 つづき

神の国の贈り物

神の国の全体性

私自身が、心が、何に生命を与えるのか。
生命は私そのもの。私が与えるもの。

私が与えるものは、いのちというより、いのちを延長させるもの。
という感じなのかな。


「兄弟が正気でない行動をするとき、彼はあなたに、彼を祝福する機会を
差し出している。彼の必要はあなたの必要である。
あなたが彼に差しだせる祝福を、あなた自身が必要としている。それを
与えること以外に、あなたがそれを所有する方法はない。」

「あなたが拒否するものとは、あなたに欠けているものである。」

何度読んでも、ピンとこない感じだったけど、なんとなく
じんわり浸み込んできたようにも思う。

感情の流れ、煩悩、思考...いろいろ。湧いてきて体を蝕むもの。
その源を止めないと、出てきた原因に焦点をあてても消すのは難しい。
水道の蛇口を止めたらいい。
元を止めれば、簡単に止めることが出来る。よね?

『源など ない』

けれども、出ている水道の蛇口が消えるの?消えるなんてことある?

『消えるのではない。あなたが ”水道の蛇口”というものを
信じていただけで、存在していないんだよ。勘違いってやつだね』

なかったのか!! 水道の蛇口自体がないのか!?

『本当は山の奥から湧く源流があるんだが...
 それを水道の蛇口だと... 悪いものだと勘違いしていたんだね』

エゴの考えが勘違いだったので 体を蝕むような思考が消えた。

瞑想していると、ときどき答えがやってくる。
こういうとき、正しい心になっているな...というように感じる。
気が散るときもあるけど、集中して癒されるときもある。

「誰に対しても、その人はあなた自身がなりたくないような存在だと
教えてはならない。知覚が続いている間は、あなたの兄弟はあなたに自分自身の
姿(イメージ)を映し出してくれる鏡である。」




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by kokoro3heian | 2018-04-15 21:57 | 癒しへの道 | Comments(0)