ほんとうのこと

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気づきのこころ lesson323~325

奇跡講座  内なる平和のための財団

ワークブック編





< レッスン 323~324 >



モヤモヤする日が続いている。
そして、キーワード「否定」が浮かび上がった。
私は みんなの中に「否定」をみつけた。
いつもそこに反応して苦しんでいたんだ。
恐れが否定とは結び付かなかったので、気がつかなかった。
これも恐れの一種なのだろうな...
形が変わるから、難しさを感じるんだよなぁ。

恐れとは、昔から感じる罪悪感。なのだけど、

ずーーーーーーっとあるので、なんなんだろうと思っていた。
そう、それには原因がない。
ないものを恐れている。罪悪感... 原因がないことを恐れている...?

行きつく先はいつも、「無」だ。無なので解決方法が分からない。
どうすることもできないという絶望感になる。
それでまた、幻想の中に原因を探してみる。
解決方法を探してみる。

けれども、どこにもなくて内側を探すが、やっぱり「無」。
なんだけど...
ときどき ふと。 答えが分かる。
その状態を保つことが出来ない。 それで苦しむ。
私が探すと「無」。 委ねた赦しの状態になると「光」。
になるのかな?

恐れの形を書きだしてみた。

攻撃 否定 分からない 肉体 失敗 病気 自責 恥ずかしさ 人との違い
違和感 悲しみ 圧迫感 被害 心配 人のせいにする 何かのせいにする
どうすればよいか?と思案すること 制御不可能 不信 疑い 
どう思われるだろうか 欠乏感

人の嫌な所をみつけることで、攻撃することができる。
攻撃するために、イライラする所があることにしている(理由をつけている)
イライラ・嫌な感じをみつけたら、攻撃したい自分に気づく。
恐れから目をそらそうとしている。

人に恐れを押しつけることによって、恐れをなかったことにし、自分がこの世界を
つくっていることに気づかないようにしている。


< レッスン 325 >

心配することは、恐れにフォーカスすることだと気づいた。
未来を考えるのではなくて、好きなこと やりたいことに具体的にフォーカスする。
ただそれだけ。
どうするかも なぜできないかも 何も考えられない。

この日の朝、叔母さんの声がはっきり聞こえた。
名前を2回呼ばれて、飛び起きた! 寝坊して起こされた!と思った。
起きたけど、誰もいなかったし誰の声もしなかった。
なんだったんだろう... と、不思議な気持ちになった。

ムージの時間のない所へいくという動画を見た。すごく良かった。

分離という視点が、愛は恐れで憎しみが愛だと思っている。それは、家族の中でもそう
感じることがある。愛は不完全で頼りないものになっている。
愛は完璧なんだ! 愛は本当に地球を救うんだ!



何が愛か分からないから、人は病気になる。
それと同じことが周りでも起きる。植物や動物も



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by kokoro3heian | 2017-12-21 23:08 | 奇跡のコース lesson編 | Comments(0)