ほんとうのこと

kokorococo.exblog.jp

ちくわ

わたしの父母は、本が好きで、いろんな本を買ってくる。
とにかく話題になったり面白そうだと思うと、手当たり次第に買ってくる。
そして、難しすぎるので、と、くれた本が、福岡伸一さんの動的平衡という本だった。
なんでこんな本買ったのよ…?と思ったけれども、しばらくしてから読んでみたら、なかなか面白い。

視点が。


すべては流れるように動いていて止まっているように見えても留まっているように見えても川のように流れているんだなぁと…

そして、消化について書かれていたことに、衝撃を受けた。

食道を通って食べ物が管の中を通っていくのだから、人間は中が空洞の竹輪みたいなもの。内臓は、全部内側のように感じるが食べ物が通って行くところは全部外側なのだ。

という風なことを書いていた。

ちくわ!

わたしたちは、竹輪なのだ!  中が空洞なのー!
と、その視点に感動した。

そんなことを、今朝、洗濯を干しながら考えていた。
洗濯を干ししたり、お風呂を洗っているとき、わたしは気づきモードに入るのだ。

感情も同じなのかも。と、ふと思った。

怒りや悲しみが内側から湧いているように感じるけど、実はただ空洞の中を流れているだけなのでは?
そこで、その感情にぶら下がりそれをいつまでも感じようとしてるけど、それは流れてほんとは無いものなのでは?
悪いもの(体に毒)と思ってる物も食べてしまえば、通っていくだけで、その食べ物に影響を受けないと思えばただ通りすぎるのでは?
その食べ物に影響を受ける弱い体なんだと信じている人が病気になっているんじゃないかな?

そんな話を夫にしたら、「美味しい~と思って食べればいいんだな」と、バレンタインで私があげたアンパンマンチョコを指差した。
自然栽培をやってると、マクロビオティックやビーガンとか、そちらの方に興味が向く。けれども、結局、我が家は雑食だ。

なにを食べても変わらないなら何をやってもいいというような考えにもなりがちだ。

けど、奇跡のコースにもあるしいろんな精神世界でも言われている通り、エゴにとらわれると全然答えが違ってくる。

喜びに満たされた人が、もし農業をしたなら。農薬や除草剤を使うだろうか?
罪悪感をもちながらもなお、劇薬を撒くだろうか?

幸せな人なら、もっとゆったりとした農業をするだろう。農業せず、ただ木になっている実を食べるかもしれない。そんなに食べなくても、幸せな人ならいつも満たされている。食べなくても生きていける。

究極的には、肉体などないということを信じることになるのだから。


[PR]
by kokoro3heian | 2017-02-15 21:45 | つぶやき