ほんとうのこと

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テキスト第十四章

真理のための教え

学びの条件

不安は幻想。ありえないもの。わたしは常に祝福されている。
「だからこそ奇跡は、あなたがすでに祝福されているという証拠を、
あなたに差し出すのである。」

一番したいことは、分かち合い。
でも、この世界ではできない、ということなのかな。
見ること、行うことは間接的だけど、聖霊のメッセージでは
間接的ではないという。
神や聖霊は直接的?
それが分からなくなっているんだな...

幸せな学習者

「真理が真実であると、あなたが誰かに教えるとき、その人と一緒に
あなたもそれを学ぶ。」

幸せな学習者...でありたいな。 光はすでに訪れている。


無罪性を選ぶ決断

罪悪感は、やっぱりある。
それが無だったと、少しずつ信じられるようになった気はする。
これは苦痛を埋め合わせるための無罪性なんだろうか...
無罪性... 罪は存在しないってことなんだよね。
ふうん... 苦痛を感じているのは周りなのか自分なのかが
分からなくなってしまったなぁ...
どちらも同じか。 私が持ってるから、そう見えるんだっけ。

苦痛は何かの罰だと思ってるのかな。
私が幸せでいてはいけないと思っているのかな...?
恐怖の源は全部、罪悪感なのかなぁ。

鬱とは、幸せになることへの否定の気持ち。
苦痛の方が魅力的に見えるし、安心感を感じるので、そちらを
選択し、世界から引きこもる感覚のこと。


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# by kokoro3heian | 2018-12-05 18:50 | 癒しへの道 | Comments(0)

テキスト十三章 つづき

罪なき世界

罪悪からの解放 つづき

「あなたが罪悪には理由があると信じている限り、罪悪には終わりはこない。罪悪は
常に狂っており、そこに理性はないということをあなたは学ばねばならない。」

贖罪 
自我を取り消し、分離への信念を癒やすための聖霊による訂正の計画。
分離の後に存在するようになり、神の子全員が全面的な赦しによって、
贖罪における自分の役割を果した時に完了する。
贖罪の原理は「分離は一度も起こらなかった」ということ。
                             奇跡口座HPより

モヤモヤに理由を見てはならない。
聖霊がモヤモヤから救ってくれるとき、それは消え去っている。
聖霊は、モヤモヤを実証しない。実在性を与えない。

そういえば、癒やしの勉強をしていて、悟りの体験が増えた時期に、
時々ゴッソリ記憶が抜けていくのが怖かった。
聖なる人たちのサポートがあったから最小限だったとは思うけど、
その恐怖が、また地道な人生を望み 目立ちたくないという考え方になったと
思う。
これが贖罪だったのか....とも思う。
それなら安心していいんだ。ゴッソリ渡していいんだな...

「あなたが解放されたいと思う通りに、彼らを罪悪から解放しなさい。」

うう...難しく感じる。 それはつかんでいるからだよね。
咎めている間は、平安になれないんだけどな~~~...

兄弟の清らかな部分を見ようとすると、抵抗感がある。
それは、私が罪悪であることの恐怖だ。
兄弟が清らかで私が罪悪なら悲しすぎる。
けれども本当は、私が清らかだからこそ兄弟の清らかな部分が見える。
本来の私が清らかだから、本来の兄弟が見えるはずなんだ。
キリスト... あなたも私の兄弟なんだね。
私もあなたの聖性だけを見ることができるといいのに..

信頼。そうだ。信じた方がいい。神の方を。




天国の平安

まったくわからなくなってしまった...
混乱している...

私は暗闇があると思って見ている。ただそれだけ。
このまま鬱のような状態が続くのかな~...
聖霊の言葉がもっともっと聞こえたらなぁ。

...でも。
聖霊がすべての者の救済のために、すべての者に差し出す計画が
完璧に達成されない可能性はない。ぜったいに。



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# by kokoro3heian | 2018-12-01 16:14 | 癒しへの道 | Comments(0)

テキスト十三章 つづき

罪なき世界

罪悪からの解放

私が先取りして転位させてしまうと、聖霊は私をソレから解放することができない。

「自分個人の救済のために、何らかの形で、誰かに結びつこうとする者は、
その奇妙な関係の中に救済を見出すことはない。
その関係は共有されていないので、実在しない。」

「罪悪に苦しむ者は、それが実在すると信じているので、必ずそれをどこかに
転位させようとする。」

そっか。罪を感じることで、それが実在する と思い込むから誘惑されちゃうんだな。
罪を過去にあったことにしたくなるんだ。
もうそこにはなくて、愛と入れ替わっているんだ。

「過去はあなたの中にはない。あなたと過去の奇妙な結びつきは、現在においては何の意味もない。」

過去に囚われた兄弟を見ている間は、聖霊は何もできないんだろうな...
セドナメソッドを思い出すな...。「今」に帰るには、本当に役立つツールだと思う。
過去を解決したいという欲求から離れることができる。

ゴールをちゃんと知っている人には役立つメソッドだと思う。

lesson157
「今、私はキリストの臨済の中へ入っていく。」


過去ではなく、内側を見る。
存在していない過去は、解決しなくていい?
あ、またすり替えられてる?
復讐したい苛立ち、勝ちたいという苛立ち、これは何かを解決することでスッキリする
のではなく、それそのものが原初の間違いなんだと思い出すことなんだ!
みんなヒーロー者とか水戸黄門とかドラマとかゲームとか試合とか、あらゆる場面で
スッキリしようとしているけど、この真っ黒なモヤモヤにフォーカスすると叫びたくなる。
「こんちくしょーーーー」じゃなくて「間違ったーーーー! 帰りたいーーーーーーー!」
なんだなぁ。
このモヤモヤの罪の心は、内側ではなく、過去にある。
内側を見ることで、聖霊に消してもらえる。

人を責めているようで...自分を責めてる...?
私は自分を許して欲しいんだ!!
自分が罪から解放されたいと思ってるんだ!!
それを聖霊が許してくれるんだ!!罪なんてないんだよって。
それで解放されて、赦されるんだ!
人に許してもらおうとしなくていいんだ!!
人を許そうとしなくていいんだ!
イライラしているのは自分が悪いと思っているからなんだ!
私は許してもらおう。それが出来るのは聖霊だけだから。



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# by kokoro3heian | 2018-11-28 17:24 | 癒しへの道 | Comments(0)

テキスト 十三章 つづき

罪なき世界

罪悪感の雲 つづき
「あなたが自分自身を自由にしたいなら、未来と
過去の間に、神の法則が介入したければならない。
贖罪は過去と未来の間で、明るいランプのように
輝くので、あなたが自分自身を縛りつけてきた
闇の鎖は消えてしまう。」

「世界は、あなたから与えられたものしか、あなたに
与えることはできない。」

そういえば、中学生の頃、自分は何をやってもダメで
へったくそでブサイクだと落ち込む毎日だった。
いじめをキッカケに、人と話さなくていい気楽さで
自由を感じたりした。何もしていないのに全てが
光って、すべての人が愛しいと感じるときもあった。
今もその過去が、時々現れる。
闇の鎖を外して自由になりたい。

ああ…囚われの身。
どうして兄弟を縛りつけてしまうのだろう…
この感情は恨みのようにも思える…

人に罪をなすりつけることで、自分は救われると
どこかで信じている。
恐れがあるからだ。
相手が自由になり強くなることが怖いからだ。
でも、怖いのは、エゴ自身だ。
私ではない。
私にとっては好都合なんだよね。本当は。
彼は私であり、私は彼である。
「狂気を正当化できるものはなく、自分の身に処罰を
求めることが狂気でないはずがない。」

しっかり自分を責めてるもんな~
責めて、嫌な気持ちになるから人を責める。
その繰り返しだ 122.png

「神の子を部分的に咎めることは不可能だと、常に覚えておきなさい。」

ひえ~~~~ 122.png 嫌だな~~って、責めてるもんな~~

「あなたが恐れているものはすでになくなっている。」
罪悪感をなすりつけ合うのは疲れる。
そこから逃れようと、ゲームやテレビや本を読むけれど、
一気に怒りが襲ってくる。
内側には、いつもキリストがいる。
静寂と平安は、いつもここにある。
胸の中の影や闇は存在しない。

「だから、神があなたの中に置いた光を見なさい。
あなたがそこにあるだろうと恐れていたものは、
愛と入れ替えられているということを学びなさい。」

ワークブック lesson190
「私は苦痛のかわりに神の喜びを選択する。」

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# by kokoro3heian | 2018-11-08 18:07 | 癒しへの道 | Comments(0)

テキスト 十三章 つづき

罪なき世界

罪悪感の雲
自分が損をしているのではないか?とか、
どう考えても間違ってることに対する
怒り、理不尽… 切りがないけど、芋ずる式で出てくるけど、こらが恐れなんだな。
私、恐れているんだ…
それが罪悪感という仕組みか…。

「罪悪感を抱く者たちは常に咎める。そして、すでに咎めた上でさらに咎めるので、自我の法則通りに、未来を過去に連結させる。」
まさに!


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# by kokoro3heian | 2018-10-09 13:49 | 癒しへの道 | Comments(0)