ほんとうのこと

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気づきのこころ lesson308~ 312

奇跡講座  内なる平和のための財団

ワークブック編




< レッスン 308 >

過去も未来もなく、今ここに 私を自由にし、赦しが訪れるためのもの。

それが 時間。


< レッスン 309 >

キリスト意識は... とてつもなく 優しい。


自我はうまくやった。
戦争に参加したり、キチンとした日本人をやり、神学・神社を作り、そこで浄化をして、
自分たちは ちっとも悪くないが、反省をして生きる糧とし、たくましく生きて、うまくやって来た。

それが崩れようとしている今、 今の若い人は弱いだとか おかしい狂ってると言う。
狂った所を必死に押し隠していたものが現れているだけなのに。
みんな にしおかすみこ みたいに、叫びたいくせに。

小さい頃、私はいつも泣いていた。そして、時々発狂していた。
肉体を突っ張らせて、叫んでいた。
思えば、あれは罪悪感の現れ。 私だけ?と、いつ感じていた。
この発狂しそうな感覚を持っているのは 私だけなの?と、辛かった。
人に闇を見せると、とても嫌がった。「ほんとうのこと」を話せる人がいなかった。
少しはいたけど、みんな屈してしまう。
大きな力が。 愛が与えられるというのに...
と、感覚的な思いで動いていた。

「ほんとうのこと」 ここに触れて生きていたいと、今更ながら そう思う。
人が離れて行っても、嫌がられても、愛からの 一見厳しい言葉を発してしまっても。
それでも、もうよそゆきの私には戻らない。
そう決意した。

聖霊さん。どうか見守っていてね。



< レッスン 310~311 >

友達が家に来た。安定した就職に、ちょっと嫉妬。
友達のSNSの投稿に、ちょっと嫉妬。
なんとなく 妬み。
愛へ選択できたらいいのに。 ほんとに。 まったく。


< レッスン 312 >

テキストP705よりの気づき。
自分以外はすべて敵だと思っているので、問題が解決不可能だと思っているんだ。

「あなたが他者の中に完璧な無罪性を見るようにと、その人があなたに与えられている」

癒しで気づきが起こると、人がキラリ☆と輝く瞬間がある。
それが癒しの森 きらり☆の原点だ。
夢幻空華...というブログの名前も、そこからわいてつけたもの。
それなのに、それがうまくいかない...というトラウマがある。
どこかで、犠牲を求めていたり、何かあったのか...と、原因を探ってしまう。
それが、地獄へのコースだと知ることなんだろうな。

天国への願望と地獄への願望は同じではないと認識しない限り、誰がその
どちらか一つを選択できるだろう。この違いを学ぶことが、このコースが
設定しているゴールである。
これ以上のことを目指してはいない。その唯一の目的は、何が同一であり
何が間違っているかを教え、選択可能な唯一の選択ができる余地を
もたらすことにある。

テキストP708より

本当は、自由になりたい。本当は幸せになりたい。
なのに、それがコワイと思っている。
なにか内側に恐ろしいものがあって、それを避けようとしている。
それは、本当はないものなのに、あると思い込んでいてフタをしてきた。
それってなかったね! あはは~~
それが赦し。そこが奇跡。
深刻になると、取り逃がす。

私は「あった幻想」という過去を見ているのか?
まだ過去を見続ける必要があるか?

....... ない。


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# by kokoro3heian | 2017-11-15 20:31 | 奇跡のコース 実践編 | Comments(0)

ぐったり…

今日は、目の前のことに翻弄されて疲れた… 歪んだ目線。を、痛感した日だった (T_T)
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# by kokoro3heian | 2017-11-05 18:49 | つぶやき | Comments(0)

気づきのこころ lesson307

奇跡講座  内なる平和のための財団

ワークブック編




< レッスン 307 >

罪は消えないと思っている。
永遠に訂正不可能だと思いこんでいる。
それは幻想の中の法則だ。天国の正義は、それを簡単に訂正してくれる。
それは分からないけれども信じたいとも思う。
このコースのプロセスは、全部罪はないということを働きかけるものなんだな!

聖霊の問題解決こそが、問題を終わらせるやり方である。
問題は正義と出会ってはじめて解決される。
そうなるまで問題は繰り返し生じる。それはまだ解決されていないからである。
「正義とは誰も敗北しないことを意味する」

テキストP698より

人は必ず環境の影響を受ける。必ず。
けれどもその環境を作ったのは自分。それを理解できないので、何かのせいにする。
あのせいで このせいで 私はこうなった。
それは事実だけど、その「要因」を作ったのは「私の心」。
それが分からずにいたので、復讐する 復讐してやる、という発想が出てくる。

指摘してしまうのは、分かって欲しいとか自分が優位に立ちたい
(私は幻想の中にはいないと思いたい)からかもしれない。
幻想の中にいるということを受け入れて、かといって幻想に巻き込まれることなく
心に意識を持ち続けられたらいいなと思った。

葛藤のない願望 ....... に引っ掛かる。そうだよね、葛藤があるから苦しい。
そこから解放されればスッキリするのに。
手離したくないというがある。これは罪はある。と思っている...
思いたいからなのだと思う。


「ああ~~~ 私のせいね! 私ったら罪つくりね!」被害者を演じ、罪を信じる自我。
「だったら どうすればいいんだよ!?」自我の言い訳。
自我は間違っていることを認めない。


さぁ それが全部愛だと気づけるかな? by 優しく微笑むキリスト



テキストに、犠牲について書いてあった。P701~
ちょうど最近、職場でボーナスをもらえる人ともらえない人がいて、不公平だと
話をしているときだった。
もらえた人に対して「もらえない人がいるから(もらったこと)黙ってて」と
口止めし、人と人の和を乱すことをしていて、嫌な気持ちになっていた。
けれどもこれは、私が作り出した世界だから、赦しをして聖霊にゆだね、神の世界を
見せてくれるようお願いしていたところだった...

お金=肉体  ? なのかな。



ここのところ、とても忙しく混乱が続いていた。
きょうは久々にどっぷり休んだ。休んでいると、いつも罪悪感を感じる。
それを感じつつ... 恐れと葛藤についてテキストを読んでいた。
読み返して、こんなこと書いてあった!?と驚けることが嬉しい。
過去のことや空想に囚われて、全然読めない事もあるから。

レッスン307には2日間かかっていて、いろんな気づきがノートに書かれていた。
葛藤する願望は、私の意志ではない。


まったくその通りだ!

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# by kokoro3heian | 2017-11-01 16:47 | 奇跡のコース 実践編 | Comments(0)

気づきのこころ lesson300~306

奇跡講座  内なる平和のための財団

ワークブック編




< レッスン 300 >

勉強会に行かない罪悪感が、最近すごい。
パンさんのブログを見ることで、少し軽減。学びも早かった。
やっぱり行けばいいのに...。
この忙しい状況を、私がつくっているのだろうし。
ものすごい抵抗なのだろうし。
そのたびに聖霊にお願いして赦してもらって...。
それしかないよね...。

すべてが一瞬一瞬でできているなら、すべて可能なことばかりだ。
過去に囚われているから不可能と思いこむからだ。
しかも一瞬一瞬が重なって出来ているようにみえるけど、それももう
消えて無いものだから。
出来てすらいないのだから。
「どうして?なんで?」と感じているのは、囚われの鎖に繋がっていると
信じている時だ。
一瞬。 「今ここ」というよりは...
ほんとに一瞬 神とつながっている感覚のトキ!という感じ。


< レッスン 301 >

苦しみと罪は 喜びをもたらさない。



< レッスン 302 >

このコースのレッスン1つ1つが、毎日毎瞬 わたしに寄り添うための
ものだった。
何かのため、のものではない。
ゴールを目指すために、寄り添う言葉なので、
それを習得しなければならない、とか、こうしなければ、こうなるべき
というものではない。と感じた。


< レッスン 303 >

まったく意味が分からなくなってしまった。
不思議と不安はないけど...。



< レッスン 304~305 >

ネットで、音魂姓名判断 というのがあったので、やってみた。
最近は、こういうの まったく興味がなかったのだけど、不思議と惹かれて
読んでみた。

簡単に言うと、私は才能を他者に認められたくて ここに産まれたのではなく、
心を空っぽにして瞬間瞬間に達成感を味わうために来た。どんなことも受け入れ
楽しんでベストを尽くすことで人生を充実させる...。

そんな事が書いてあり、私はすごく動揺した。衝撃的だった。
何かを築き上げたいという執着を手放すことで、多くを手に入れるという
アドバイスに、ものすごい怒りがわいてきて、その後スーッといつもの状態に
戻ったけど... なぜかずっと違和感を感じた...

衝撃を感じたのは、わたしはそれをずっと知っていたのに、それを思い出せないほどに
なっていたことに動揺したのだと思う。
怒りがわいてきたのは、そんなわたしを受け入れてくれる人もいたけど、身近な人は
受け入れるどころか否定されて生きてきたことへの怒り。
怒りや悲しみを通り越して、その後は放心状態が続いたので違和感を感じたのだと思う。

よく考えてみると、わたしは結果を出せないことに罪悪感を感じていたのだと思う。
経験自体を楽しんでいたのに、わたしは周囲の目を気にするようになり、
それがどんどん怒りになっていった。罪悪感がものすごかったから、それに
比例して怒りも凄かった。体が硬直するほど叫んだこともある。
いま思えば、理由なんて大したことなくても小さい頃は泣いたり硬直が起きてた。

わたしはわたしのままでいいんだ、 というよりは、
そんなもの ないんだよ。 と、解放されたように感じる。


< レッスン 306 >

いろんな事が分かるトキの中にいると、時間が短い。
かなりいろんなことが浄化された~~~!と思って目を開くと、
1分くらいしかたっていなくて、驚く。
そして、気分もすがすがしい。
いろんなことが、ごまかせない状態が沢山起きてくるので、その都度
赦しを試みたり、瞑想したりしている。
とても忙しい。苦しい。...そして ⇒ 解決
を、繰り返している感じ。
なので、時々、ものすごくハートが感動した状態になり、涙がでてくる時もある。
どうしてなのか、いろいろ意味をあてはめてみるけど、どれにも該当しない。


今日は三者面談で、先生からの痛い言葉を言われた。
次男のことが心配になり、つい咎めてしまったが、聞きいれてくれない様子。
こまったな... と思っていたが、先生の言葉はまるで聖霊からの言葉のように
聞こえる、と考え直した。


先生からの注意点は、授業中 寝ているということだったので、息子に早く寝なさい
ゲームやめなさい!と咎めたのだけど...

それってわたしよね(汗)  ぐっすり寝ていて起きない。何度起こしても目覚めない。
ゲームばかり楽しんで、ゴールに向かっていない。
はいはい。それはわたしですーーーーっ 119.png

その後の先生の言葉。
「2学期からはちゃんと身を入れて集中してやろう!
この夏休みが重要だよ。
いつ学校に来てもいいんだよ!。一緒に勉強しよう。」

「いつでも先生待ってるからね!」と背中に呼びかけた。

それが神からの言葉だと、ふと気づいた。
そうそう待ってるよね。汗汗 105.png


先生の言葉は すごく愛に溢れていた。
いま思い返すと涙が出てくる。

けっきょく息子は、夏休み中、学校へ一度も行かなかったのだけど... 119.png

わたしはまったく気にならなかった。
夫は傷つけないように説教したと言ってた。息子は謝ったらしい。

わたしは、その後も心配に襲われたけど、先生の言葉を思い出して
息子に接するように心がけた。


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# by kokoro3heian | 2017-10-23 18:19 | 奇跡のコース 実践編 | Comments(0)

気づきのこころ lesson299

奇跡講座  内なる平和のための財団

ワークブック編




< レッスン 299 >

わたし達は、恐れからくる幻想の物語によって、快楽や道化(お笑い)やすべての娯楽へ
逃げまどい、そこからくる欲望に染まり、残酷なこの幻想世界に住んでいる、

かのような、現象を味わっている。もう味わう必要があるか?

ない。


「人はそこにあると信じるものを見る。そして、そこにあってほしいと思うから、そこにあると信じる」
という知覚の根本法則に即している。
知覚にはこれ以外の法則はない。
ーーーーーーーー 中略 ---------
これは、「愛はそれ自体を創造し、それ自体以外の何も創造はしない」という さらに根本的な
神の法則の知覚的形態であり、この世界に適合されたものである。

テキストP678より

いったい何が正当なものとされるのだろうか。
あなたは何を望むのだろうか。

テキストP680

怒りの正当化の手段ではなく、愛を正当化する出来事だったと変わる。
変容するのを見る。


ちょうど、今日の学びと重なった。
いまは、聖霊と共に、「神とひとつになること」ニール・ドナルド・ウォルシュ著を
読んでいるのだけど、そこに『信じることは見ることである』と書いてあり、そこから
さまざまな気づきがあった。
今まで何度も目にしてきたことだし、それなりに気づきもあり、現実に対して適応してきたけど、
きょうは聖霊と共に気づきがあった。

それは、いままでも 導かれていたのだという確信。

365日のレッスンが終わってからの振り返りとして、また書いて行こうと思う。

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# by kokoro3heian | 2017-10-23 12:08 | 奇跡のコース 実践編 | Comments(0)