ほんとうのこと

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気づきのこころ lesson300~306

奇跡講座  内なる平和のための財団

ワークブック編




< レッスン 300 >

勉強会に行かない罪悪感が、最近すごい。
パンさんのブログを見ることで、少し軽減。学びも早かった。
やっぱり行けばいいのに...。
この忙しい状況を、私がつくっているのだろうし。
ものすごい抵抗なのだろうし。
そのたびに聖霊にお願いして赦してもらって...。
それしかないよね...。

すべてが一瞬一瞬でできているなら、すべて可能なことばかりだ。
過去に囚われているから不可能と思いこむからだ。
しかも一瞬一瞬が重なって出来ているようにみえるけど、それももう
消えて無いものだから。
出来てすらいないのだから。
「どうして?なんで?」と感じているのは、囚われの鎖に繋がっていると
信じている時だ。
一瞬。 「今ここ」というよりは...
ほんとに一瞬 神とつながっている感覚のトキ!という感じ。


< レッスン 301 >

苦しみと罪は 喜びをもたらさない。



< レッスン 302 >

このコースのレッスン1つ1つが、毎日毎瞬 わたしに寄り添うための
ものだった。
何かのため、のものではない。
ゴールを目指すために、寄り添う言葉なので、
それを習得しなければならない、とか、こうしなければ、こうなるべき
というものではない。と感じた。


< レッスン 303 >

まったく意味が分からなくなってしまった。
不思議と不安はないけど...。



< レッスン 304~305 >

ネットで、音魂姓名判断 というのがあったので、やってみた。
最近は、こういうの まったく興味がなかったのだけど、不思議と惹かれて
読んでみた。

簡単に言うと、私は才能を他者に認められたくて ここに産まれたのではなく、
心を空っぽにして瞬間瞬間に達成感を味わうために来た。どんなことも受け入れ
楽しんでベストを尽くすことで人生を充実させる...。

そんな事が書いてあり、私はすごく動揺した。衝撃的だった。
何かを築き上げたいという執着を手放すことで、多くを手に入れるという
アドバイスに、ものすごい怒りがわいてきて、その後スーッといつもの状態に
戻ったけど... なぜかずっと違和感を感じた...

衝撃を感じたのは、わたしはそれをずっと知っていたのに、それを思い出せないほどに
なっていたことに動揺したのだと思う。
怒りがわいてきたのは、そんなわたしを受け入れてくれる人もいたけど、身近な人は
受け入れるどころか否定されて生きてきたことへの怒り。
怒りや悲しみを通り越して、その後は放心状態が続いたので違和感を感じたのだと思う。

よく考えてみると、わたしは結果を出せないことに罪悪感を感じていたのだと思う。
経験自体を楽しんでいたのに、わたしは周囲の目を気にするようになり、
それがどんどん怒りになっていった。罪悪感がものすごかったから、それに
比例して怒りも凄かった。体が硬直するほど叫んだこともある。
いま思えば、理由なんて大したことなくても小さい頃は泣いたり硬直が起きてた。

わたしはわたしのままでいいんだ、 というよりは、
そんなもの ないんだよ。 と、解放されたように感じる。


< レッスン 306 >

いろんな事が分かるトキの中にいると、時間が短い。
かなりいろんなことが浄化された~~~!と思って目を開くと、
1分くらいしかたっていなくて、驚く。
そして、気分もすがすがしい。
いろんなことが、ごまかせない状態が沢山起きてくるので、その都度
赦しを試みたり、瞑想したりしている。
とても忙しい。苦しい。...そして ⇒ 解決
を、繰り返している感じ。
なので、時々、ものすごくハートが感動した状態になり、涙がでてくる時もある。
どうしてなのか、いろいろ意味をあてはめてみるけど、どれにも該当しない。


今日は三者面談で、先生からの痛い言葉を言われた。
次男のことが心配になり、つい咎めてしまったが、聞きいれてくれない様子。
こまったな... と思っていたが、先生の言葉はまるで聖霊からの言葉のように
聞こえる、と考え直した。


先生からの注意点は、授業中 寝ているということだったので、息子に早く寝なさい
ゲームやめなさい!と咎めたのだけど...

それってわたしよね(汗)  ぐっすり寝ていて起きない。何度起こしても目覚めない。
ゲームばかり楽しんで、ゴールに向かっていない。
はいはい。それはわたしですーーーーっ 119.png

その後の先生の言葉。
「2学期からはちゃんと身を入れて集中してやろう!
この夏休みが重要だよ。
いつ学校に来てもいいんだよ!。一緒に勉強しよう。」

「いつでも先生待ってるからね!」と背中に呼びかけた。

それが神からの言葉だと、ふと気づいた。
そうそう待ってるよね。汗汗 105.png


先生の言葉は すごく愛に溢れていた。
いま思い返すと涙が出てくる。

けっきょく息子は、夏休み中、学校へ一度も行かなかったのだけど... 119.png

わたしはまったく気にならなかった。
夫は傷つけないように説教したと言ってた。息子は謝ったらしい。

わたしは、その後も心配に襲われたけど、先生の言葉を思い出して
息子に接するように心がけた。


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by kokoro3heian | 2017-10-23 18:19 | 奇跡のコース lesson編 | Comments(0)

気づきのこころ lesson299

奇跡講座  内なる平和のための財団

ワークブック編




< レッスン 299 >

わたし達は、恐れからくる幻想の物語によって、快楽や道化(お笑い)やすべての娯楽へ
逃げまどい、そこからくる欲望に染まり、残酷なこの幻想世界に住んでいる、

かのような、現象を味わっている。もう味わう必要があるか?

ない。


「人はそこにあると信じるものを見る。そして、そこにあってほしいと思うから、そこにあると信じる」
という知覚の根本法則に即している。
知覚にはこれ以外の法則はない。
ーーーーーーーー 中略 ---------
これは、「愛はそれ自体を創造し、それ自体以外の何も創造はしない」という さらに根本的な
神の法則の知覚的形態であり、この世界に適合されたものである。

テキストP678より

いったい何が正当なものとされるのだろうか。
あなたは何を望むのだろうか。

テキストP680

怒りの正当化の手段ではなく、愛を正当化する出来事だったと変わる。
変容するのを見る。


ちょうど、今日の学びと重なった。
いまは、聖霊と共に、「神とひとつになること」ニール・ドナルド・ウォルシュ著を
読んでいるのだけど、そこに『信じることは見ることである』と書いてあり、そこから
さまざまな気づきがあった。
今まで何度も目にしてきたことだし、それなりに気づきもあり、現実に対して適応してきたけど、
きょうは聖霊と共に気づきがあった。

それは、いままでも 導かれていたのだという確信。

365日のレッスンが終わってからの振り返りとして、また書いて行こうと思う。

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by kokoro3heian | 2017-10-23 12:08 | 奇跡のコース lesson編 | Comments(0)

気づきのこころ lesson296~298


奇跡講座  内なる平和のための財団

ワークブック編




< レッスン 296 >

きのうから声が出ない。
それなのに聖霊が私を通して語ると?

やっぱりお勉強会に出ないからだ、とか、フェイスブックで適当なこと
つぶやいて...とか、いろいろごちゃごちゃ出てくる。

これも ゆるし...

のどが痛くてつらい。



< レッスン 297 >

ワンネスにいこうとすると、体の痛みが「ちょっと待って! ちょっと待って!」と
止めているように思う。

「ちょっと待って。これを何とかしなければ!」という抵抗感を感じる。



< レッスン 298 >

それとこれとは違う。 という間違った想い。

全部同じ。 あれもこれも全部同じ。

マニュアルを読んで、かなりホッとして力が抜けた。
「救われた」という気持ち。
胸の... いつもの光を思い出し、その存在があることを思い出し確認したという感覚。
判断を手放す。
それがいい。



振り返っている、ちょうどいまも体調を崩している。
感情の起伏や、病状がおんなじ。
おなじ学びが来たのかなぁ...。
今回は、それほどびどくならず、回復も早かった。
解決すべき問題は、以前より多い感じがするけど、なんとか乗り越えようと思う。

聖霊と共に。


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by kokoro3heian | 2017-10-18 18:31 | 奇跡のコース lesson編 | Comments(0)

気づきのこころ lesson293~295

奇跡講座  内なる平和のための財団

ワークブック編




< レッスン 293 >

ワークブックの文章が読めない時、苦しい時はイラストにして書いてみる。
そういう時は、つらいことがある時だ。
嬉しいことがある時は、スイスイと読めるが、あまり意味が入ってこない。
どちらもエゴにとらわれている時だ。
けっきょくどちらも同じなのだった。
恩寵が得られるのを待つのみ。


過ぎてしまったが、振り返るのを忘れていたので、ここで取り上げてみる。

テキストP602
敵が居なければ、罪に対する信も得られない。罪を信じる者が、自分には敵がいないと
信じられるだろうか。自分を無力にした他者などいないと認められるだろうか。
理性はもちろん、そこに見つけられないものを、これ以上探さないようにと命じる。
だが、まず最初に彼は、罪が存在していない世界を知覚したいという気持ちをもたなければ
ならない。どのようにして自分にそれが見えるのかを理解しようとすべきでもない。
というのも、もし自分の理解できないものに焦点をあてるなら、彼は自分の非力さを
重視することとなり、彼の敵は彼自身の中にと罪から告げられるのを容認することに
なるだけだからである。
そうではなく、それが彼のために為されるように、彼が自分で決断すべき次の質問を、
自らに尋ねさせなさい。

①自分を支配する世界の代りに、自分が支配する世界を、私は欲するだろうか。

②自分が非力ではなく力のもつ世界を、私は欲するだろうか。

③敵がいなくて、私が罪を犯すことなどできない世界を、私は欲するだろうか。

④そして、真理であるがゆえに自分が否定したものを、私は見たいだろうか。

あなたはすでに最初の3つの質問には答えているかもしれないが、最後の質問には
答えていない。なぜなら、これは依然として恐ろしく、他の問いとは違ったものに
見えるからである。


本当に望むものを見る。
罪が存在していない世界を知覚したいという気持ち。
実現したい、理解したい...というのではなく質問をすること...

わたしの答え
① はい。 そうなるといいな~...と思うけど、ちゃんとできるのか心配。

② 力を持ちたいが、傲慢にならないようにしたい。どちらも、コースをやっていて、聖霊の導きがあれば大丈夫と思う。

③ もちろん!! そう思う。

④ どんなものなのかが分からない。

人の言う言葉、やらなければならない状況に対して抵抗感がある。
その時、4つの質問に対して「はい」ではなく「いいえ」になっている。
その変化は真理ではありえない。
真理はいつも変わらず、光り輝くものだからである。


いま振り返って質問に答えてみた。
① もちろん!!
② もちろん もちろん!!
③ そういえばそうだ!もちろんだ!
④ あ!私は自分が否定したものを投影していたんだ!幻想を見ていたい訳がない。
幻想を見ていたいという気持ちを手離そう。聖霊と共に。それが赦し。



< レッスン 294 >

同一のものが異なっていることはあり得ず、ひとつであるものには分離した部分はあり得ない。
テキスト674より


< レッスン 295 >

すごくイライラする日だった。こうなると赦しが難しく感じてしまう。
おばあちゃんの通夜だった。精神的に揺るがされた日だった


恐れは数多くの異なった形で現れるが、愛はひとつである。
ワークブックより

           


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by kokoro3heian | 2017-10-13 11:23 | 奇跡のコース lesson編 | Comments(0)

気づきのこころ lesson290~292

奇跡講座  内なる平和のための財団

ワークブック編




< レッスン 290 >

兄弟からもらうべきものは、咎めではなく 訂正である。

どちらを受け取るかは、私の選択によるものである。

↑と、書いたそばから攻撃を受け取ってしまう153.png



< レッスン 291 >

うらやましい...と思う気持ちの源が、特別性である。
心はそれを良いものだと勘違いする。


わたしの中に 静かな海がある... しんと静まり清らかで
平安な海がある。
それはずっとずっとそこにあった。ということに 安堵と嬉しさがこみあげてくる。
それはずっとそこにあった。




< レッスン 292 >

私が見る世界は、実相世界とはかけ離れたガラクタの世界。
あれもこれも、いつかのためにと しがみつき、恐れを抱えたまま、
神を想う世界を見ている。
それは私の責任。
誰かのせいでもなく、誰のためでもない。

よそいきの私は存在しない。
よそいきの私の周りに存在するように見える攻撃的な人達もいない。
よそいきの世界は存在しない。
あるのは わたし という意識と実相の世界だけ。


長々と、よそいきの私について書いたのだけど、すべて消えてしまった。
あまりにきれいサッパリ消えたので、がっかりというよりドキドキした。

すごく納得だ!と思って書いたけど、それはただの分析だったことに気づいた。

私は間違いをおかす。けれども、失敗ではなく それは優しく聖霊が訂正してくれる。

ただ それだけ。

ドキドキしてしまったり がっかりしたり 怒りがわいたりするけど。

それには意味はないし、本当は帰りたい気持ちを隠しているだけのこと。

本当の気持ちを伝えたいけど、素直になれない。そんな感じと似ている。

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by kokoro3heian | 2017-10-08 10:33 | 奇跡のコース lesson編 | Comments(0)

気づきのこころ lesson285~289

レッスンが始まって、一年と一か月ちょっと経った... 10月1日。

365日のワークが終了した。

わたしは明らかに、何かを手にした。

それは言葉に出来ないので、振り返りつつ、それは何なのか
じぶんのこころに刻んでいきたいと思う。




奇跡講座  内なる平和のための財団

ワークブック編




< レッスン 285 >

テキストP666からの気づき

特別性についての学びが続いた。今日ちょうど読み終わったが、テキストに
書いてある通り、まったくその通り!と感じる。
コースの方が現実より難しいと思ってしまう所や、特別性への誘惑や、それが違う
ということも。

理解できていなかった!という落ち込みさえも、特別性だったとは...。
笑えたり、また落ち込みという誘惑があったり...
私の選択はまだ揺らいでいる。

けれども... 希望がある。

キリストの目的から、努力せずに得られる達成と休息のための手段がもたらされる。
テキストより



< レッスン 286~287 >

わたしは間違っていた。 わたしは傲慢だった。

何が間違いなのだろう... エゴは間違いを作り出している。

本来の自己は何も間違っていないというのに。


認知症気味の父に、病院の中で、「お前にはすごい神様がいるんだな!」と感動された。
あまりにスムーズに運ぶ出来ごとに、感動して驚いていたのだ。
通院は、嫌だと思っていたけど、通院のたびに奇跡的なことが起こる。



< レッスン 288 >

あなたは素晴らしい。  

あなたは神の子であり、私も神の子である。

あなたは 私の 兄弟である。

わたしは素晴らしい。

わたしは神の子であり、キリストの兄弟である。


< レッスン 289 >

赦しが難しい。

できない。思い出せない、感じがする。
神は完璧だけど、エゴに囚われている私は赦しがうまくできない。
やっぱり、シェア会に出てないからだ。
みんなとやれば、もっと早く幻想が消えるんだろうに。

と、そんなことを漠然と考えていることに気づいた。

それも全部過去のできごと。 過去はもうすでに、ない。
過去こそ幻想。 そうだったよねーーーーー、と思いだした。

なんで忘れるかなー。 やっぱりシェア会に出れば....

...っと。またエゴに囚われて。ああ...永遠に続く...ループ!(笑)

過去を終わらせるのは、肉体か聖性か。どちらかの選択でしかない。

赦しは、選択 ということなのかもしれない。

地上のすべてのものについての識別法となるのは、単に「それは何のためのものか」
という問いである。

テキストP668より

人生に意味はない。ないけれども、機能(はたらき)がある。
それがコースによっての希望であり、気づきや思い出す促しになるの
だろうなぁと思う。

赦されるべきものは過去だけであり、赦されたなら、過去は過ぎ去るからである。
ワークブックP518



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by kokoro3heian | 2017-10-06 18:53 | 奇跡のコース lesson編 | Comments(0)