ほんとうのこと

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気づきのこころ lesson268~270

奇跡講座  内なる平和のための財団

ワークブック編




< レッスン 268 >


私の目的は、目の前の何か(問題)を解決することではなくて、赦してわが家へ帰ることだった。
被害者になる人を何とかしようと思っていた。
救うことが出来ない自分に腹が立っていたのだろう...ムカムカしていた。
けれども、解放される人を見たかった。
それには自分が赦し、解放されなければならなかったんだな...。
罪の誘惑は恐ろしく強いなぁ... 。

母のノイローゼ気味なのが怖い。それに影響されてしまう自分が怖い。

と、思っていたらテキストに書いてあった言葉。

あなたは兄弟を恐れているからこそ、神を恐れているのである。
テキストP551


< レッスン 269 >

コースを読んでいるとき、ドキドキして苦しくなる。
素晴らしいはずなのに... 動悸がする。


< レッスン 270 >

ちゃんとレッスンできているのかな?
たくさんのマイナス思考が流れていって、感情が起こってくる。
それは流すため、赦すため、と、気づくけど、きのうはお腹を壊したり
不調だ...

この思考を超えたいな...

......きっと、だんだん分かってくる。 きっと理解できるようになる。




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by kokoro3heian | 2017-08-28 17:44 | 奇跡のコース 実践編 | Comments(0)

気づきのこころ lesson264~267

奇跡講座  内なる平和のための財団

ワークブック編




< レッスン 264 >

あまり良くないと思われる状況の中、意味のない至福感が訪れる。

以前もときどき、あった。

そういえば、意味のない罪悪感も時々あったなぁ。

すべてに意味はないのだ...。


私たちがやってきたことは、地獄での探究だった。

(テキスト等からの気づき)


ワークの言葉は、優しい。
この優しさが、どうしても受け入れられない時もあるのだけれど。




< レッスン 265~266 >

すべての人が救済者である。と?

...   それを知覚してみたいものだ...




< レッスン 267 >

両親の心配事に、こころがザワザワする。
どうしても反応が起きて、説教みたいになってしまう。

説教したわたしは興奮していて、いつものように後悔が襲う。
でも、当の本人たちは、「なるほど~ ふうん」と、冷静になっている。
会話が頭のなかでグルグルして、エゴにはまってしまう...

この日は、神の平安の中で心が鼓動するというワークだったのに、
違う意味で鼓動してしまった148.png
わたしはいつもこれが嫌で後悔するのだけれど、聞いている本人たちは
機嫌が良くなって、違う話をし出す。
それに怒りがこみ上げるのだけど、話をすっかりそらしてしまうので
怒りすらもなくなって言葉も失ってしまう。
聞こえていなかったのかな?と思うくらいにスルーされる。

夫にこのことを話すと、「分かるけど、受け入れられない」と笑われる。
わたしは本当のことを言うので怒られたり すねたりするんだろうなと
恐くなるのだけど、だいたい笑われる。
あとで、なんであんなこと言ったのだろう?と怖ろしくなる。
夫は「何かがのり移ったのだろう」とまた笑う。

わたしは怖ろしくて笑えない。
しばらく大人しくしていたい...と落ち込む120.png



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by kokoro3heian | 2017-08-21 18:30 | 奇跡のコース 実践編 | Comments(0)

気づきのこころ lesson258~263

奇跡講座  内なる平和のための財団

ワークブック編




< レッスン258 >

いいことを思いついた♪と、話しても、いつも必ず
「それはムリ。」「それは難しい」と拒絶される。

とくに義母と夫はいつもそうだ。そういえば、母もそうだ。
なぜそう言うのか?いつも疑問だった。嫌な気持ちになった。

これこそが抵抗だ。真理ではない。

この拒絶こそが、幻想を表している。
拒絶する人を責めたくなる...そんな嗜好になるが、そちらを選択してはならない。
幻ではなく、真理を選択しよう。

拒否。拒絶...それは真理に対抗しようとしている...つまり幻想であり、取り消される
べきものである。
その抵抗につられず、聖霊に「こんな抵抗があったよ」と話そう。そして離そう。



< レッスン259 >

神の子はどこにいるのだろう?

神の子は わたし なのに。一体どこにいるというのだろう?
けれどもこの時は、いくつもの分裂した私がいて、いろんな視点になってしまい、
混乱して、読めば読むほど分からなくなっていた。

人と話すことも嫌になっていたので、必要最小限の会話だけをして、あとはひとり
携帯ゲームか仕事に没頭していた。
それだけが、唯一の救いだった。
あとは何もしたくなかった。
けれど、からだが勝手に動いていた。「よそゆきの私」が勝手に動いている。
そんな感じだった。

神のゴールを達成不可能に見せているのは、罪という概念だけである。

罪は存在しないということを、思い出せますように
...
ワークブックより


< レッスン260 >

母のエゴとたくさん話す。 つ...疲れた。

神の子としての兄弟だ。という風には、どうしても感じることができない。
いつものモードになり、幻想にどっぷりはまり、疲れ果てる。

父と母には、感情が強く出て来るので、難しいという気持ちがわいてくる。
いつも同じものが現れているのだと、思うことができない。
これは特別な感情なんだと、お互いに思ってしまう。

< レッスン261~263 >

田植えだけど、雨。 ものすごく焦る気持ちに負けそう。
きのうもレッスンをしなかったし。
気持ちが立て直せないくらい、重い。

レッスンが進まず。 忙しくて、気持ちがついていけない感じ。

それでも、やめたいとは思わなかった...




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by kokoro3heian | 2017-08-13 15:53 | 奇跡のコース 実践編 | Comments(0)

気づきのこころ lesson238~246

奇跡講座  内なる平和のための財団

ワークブック編




< レッスン238~239 >

はまっていた携帯ゲーム。あたらしいスマホになったため、出来ず。
時間ができた。

なんとかしようと思うからエゴの中に入ってしまう。
農作業の間中、すごい感情が吹き出してくる。

「かんがえない かんがえない。 何もしない 何もしない...... 」と心でつぶやく。

なんとかレッスンについていこう... という気持ちだけが支えだった。



< レッスン240 >

恐れ、痛みは決してありえない姿の自分自身を見たということ。
それにより、あなたが ありえない世界を見ているということになる。
それはあなたの抱く幻想。
私たちの中に恐れはない。



< レッスン241 >

キリストのまなざし
五感を聖霊と共に使う

あなたが赦す時、聖なる瞬間が訪れる。
あなたがすべての人を赦すいま、彼らはひとつに結ばれる。

私が今日、あなたに赦されるからである。




< レッスン242 >

愚痴をいっぱい聞かされた149.png

愚痴を言う人と聞く人がいる。という視点から、どうしても離れられない。
また会わなくちゃいけないと思うとウンザリしてくる。
仕事になると、わりと上手く赦せるのに。
家族や、近い人達は、特別だと見ているからかもしれない。
自分が特別だと思っているから、その思い込みが出てくるのかも。



< レッスン243 >

モヤモヤは真理じゃない。

なぜイライラ モヤモヤ?という考え方ではなく、
モヤモヤやイライラは、真理ではない。という考え方。
そちらではないよ~、という考え方。
モヤモヤは、神への抵抗なのだから。
それはもはや「ない」ということを聖霊に教えてもらう。


< レッスン244 >

ちょっとした影や、模様が、ものすごく恐い瞬間がある。
よく見ても恐い理由がない。
けれどもまた、ふとした瞬間に、もの凄い恐怖が襲う。
こういうのを「苦手」と呼んでごまかしてしまうのかな。
赦せばよいのだろうけど、こわさが凄いので、手ごわい。


< レッスン245 >

真理において、「今わからない」というものはない。
確実でないもの、不確かで不安定なものがこの幻想の世界。
それを消すことができるのが聖霊。
それが希望。


< レッスン246 >

できんのかな?という気持ちがよぎる。

様々な人と偶然出会った。いままでず~~~っと会えなかった、というかありえない人達と
きょう一日で一気に出会った。驚きの一日。

妙な気持ちになった。

よくよく考えてみれば、できんのかな?って、神に対して失礼よね。っていうか傲慢だね。

そして、久々にお腹をこわした
148.png


消化不良ってところかな?

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by kokoro3heian | 2017-08-09 16:31 | 奇跡のコース 実践編 | Comments(0)

自然栽培

農薬や除草剤を、恐れのために使っているとすれば、自然栽培は恐れを使わず、繋がろうとする気持ちが生まれやすいのではないかな。 食べて、往古の記憶が戻りますように。
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by kokoro3heian | 2017-08-03 08:30 | つぶやき | Comments(0)

気づきのこころ lesson236~237

奇跡講座  内なる平和のための財団

ワークブック編




< レッスン236 >

すごくすごく忙しい日だった。

人に振り回され...  ぐるぐる(◎0◎)~*

コースの内容がまったく頭に入ってこない。




< レッスン237 >

すべてが新しくなってイライラ。(状況の変化)

テキストを開いたら

天国はあなたにとって重荷のように見えるだろうか。
狂気の中にあっては、そのように見えるだろう。

テキストP599より

あまりに一気にきたから、混乱していたけど、大丈夫になっていく
ただの過程のような気がする。


このときは、感情の波に持っていかれそうになるので、呪文のように
つぶやいていたコトバ。

ありえない ありえない

考えない 考えない

何もしない 何もしない

分からないけど それでもいい  どうもしない どうもしない

何も起きてない 何も起きてない


どうするの?ごめんで済むなら警察はいらないでしょ。だから言ったでしょ。
というエゴの言葉が頭でぐるぐるしたり、言ったりしてしまったとき。
そんなときにコトバを使った。

私が間違ってエゴになっちゃってるから、あとは聖霊に任せよう!
という気持ちになって

だいじょうぶだよ だって君は神の子だから という聖霊の優しさに包まれる。


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by kokoro3heian | 2017-08-01 22:00 | 奇跡のコース 実践編 | Comments(0)

気づきのこころ lesson233~235

奇跡講座  内なる平和のための財団

ワークブック編





悪や、悪と思えることがあることを責めたり、反抗したりすることが
解決方法ではない。
なぜ 自分がそんなことを引き寄せているのかを知ることが大切だ。

もしも、「私は幸福を引き寄せている。富んでいる」と思っている場合は、
分離を信じている人達だ。
いま感じている 不幸な出来事は、すべての人が感じていることだから、
そこから切り離されていることはありえないのだから。

いま豊かさを感じていても、それで満足していてはいけない。

豊かさを感じ始めたことに感謝をし、胸の奥にある満たされた平安を信じて、
「いまを生きる」ことだ。



< レッスン233 >

今日のレッスンの言葉に対して、「疑い」という恐怖を感じる。

世界の始まりの言葉。思い。それが、「もし」という恐怖から始まったのだな?


忍耐力は、スピリチュアルな人生を送るには必要不可欠。
その忍耐力は、「自分を信じてあげること。」ができること。
その自分とは、「本来の自分」であって、神の子であることを知ること。


シャーリーマクレーンの本が、終わりそうで終わらない。

文中より感じたこと......

ディスは、”あるものから切り離す”という意味だそうだ。
ディスとは、「死」? 死は分離を信じる者がつくりだすコトだ。
わたしは分離を信じる者だ。だからこの世界に生きている。
神の優しさや、神の愛を誤解するのも 無理はないなぁ...

つながっている時...という言い方をしてきたけれど これも間違いだ。
つながっていることを思い出しているとき(最初からつながっているのだから)
に、気づきが多い気がする。


そして。
本を読み終わった。

幻想は天国の中にある...?
私たちが幻想にいるとしたら...

 幻想がないのなら 私たちはどこにいる?   投影された中にいる。

ないのに... ある?

消されたのに... なぜまだ投影された中にいる?

しばらく本の余韻に浸る...



< レッスン234~235 >

そんな矢先に 父が入院した。 予期せぬ非常事態。

私が為すべきことは、ただ自分を傷つけるように思える物事を眺め、
全き確信をもって、「私がこのことから救われることが、神の意志である」と言い、
自分を安心させ、それらが消えてゆくのをじっと見ていることだけである。
幸福だけが私に訪れているとわかるためには、私に対する父の意志は幸福だけだと
覚えておくだけでよい。
レッスン235より


バタバタと入院手続きを済ませたあと、帰りに見た 夜桜が 妙に綺麗だった。


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by kokoro3heian | 2017-08-01 21:40 | 奇跡のコース 実践編 | Comments(0)

もくてき

このブログの目的は、「 わたしは ひとり 」ということを知るためのもの。 思い出すもの。
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by kokoro3heian | 2017-08-01 07:35 | つぶやき | Comments(0)