ほんとうのこと

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カテゴリ:奇跡のコース 実践編( 53 )

lesson321~322

奇跡講座  内なる平和のための財団

ワークブック編


被造物とは何か



< レッスン 321 >


神の力以外に力はない。
強いとか弱いとか、それは幻想がつくり出した力で
もともと幻想には力はない。

私達は神によって創られ
そして神の中にはぐくまれている。


< レッスン 322 >

赦しとは、恐れを失うこと。

いろんな形の恐れに慣れ親しみ、依存してきたためか、恐れを失うことへの
抵抗があると考えていた。
けれども、そうではなく、恐れの原因があり、この世界が生まれたという
往古の記憶があるのだという。
しかもそれはすぐに消されたために、原因自体が消去されている。
原因がない恐れなので、私達は混乱してうやむやにしているのだと
今のところ解釈した。
その記憶が戻ってくれば分かるのに。

癒されて、恐れを失ってみよう!と思うけど、どうかな?

ああ....気が狂いそう...

っていうか、いつも狂ってるんだけどね!(笑)


どんな悲劇も、消えゆく姿。 心に平安。

静かにたたずんでいる わたしたち。



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by kokoro3heian | 2017-12-10 22:03 | 奇跡のコース 実践編 | Comments(0)

lesson318~320

奇跡講座  内なる平和のための財団

ワークブック編




< レッスン 318 >


なぜなら、救済の目的はが私の中に置いた無罪性を見い出すことだからである。
私自身が、自分の探し求めている対象そのものとして、創造されている。
私自身が、世界が探し求めているゴールである。

ワークブックより

なるほど!そうだった~~~~!!(心の中で歓喜!)

人との和解が 神との和解。


< レッスン 319 >

おとといあたりから、少し身体がだるい。胃腸もよくない。食欲がない...。

苦痛は、肉体が実在するはずだと証言する。
それは大きくてやかましい声であり、その悲鳴は聖霊の話をかき消し、聖霊の言葉を
あなたの自覚から遠ざける。

テキストP747

癒せるようになるために、癒されなさい。そして、罪の法則が自分に適用されることで
苦しむのはやめなさい。そうすれば、愛の象徴が罪に取って代ることを選択したあなたに、
真理が顕現されるだろう。

テキストP749


葛藤や悩みには いろんな理由がついて執着してしまうけど、その原因はすべて
同じ。 それを解決するために、やっぱり執着してしまうけど、それを解決できる
答えは、正しい心の場所にある。



< レッスン 320 >

テキストP755からの気づき
何度もそこに戻ってしまうのだけど、「原因はわたしにはないのだ」ということ。

肉体の、苦痛も快楽も どちらも辛い。
幸せになれない苦痛が罪悪感として襲ってくる。
肉体の苦痛も快楽も、幸せは運んでこない。


やはり何度もそこに戻ってしまう。

ここ最近、人の言葉がきっかけで そこに戻ろうとする力が働いている。
そこにエネルギーを注がなければいいのだけど...
注意された言葉とやり方に愛を感じなかった。ただそれだけなのに、正当化したい
気持ちが大きくて、怒り→迷い→脱力感 そしてまた怒りというループから抜けられずに
いる。
このやり方はエゴだから、とっても苦しい。
その人のエゴに巻き込まれないようにしたい!どうか導いて欲しい!と何度もお願いした。

テレビのふとした歌詞が目に入る。

「苦しいときほど 信じていて」

「幸せだと ただ 笑っていなさい」

などなど、ハートに響く歌詞が さいきん 多い。

あらゆるところに在るキリスト意識に、わたしが気づくことができますように。



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by kokoro3heian | 2017-12-03 16:38 | 奇跡のコース 実践編 | Comments(0)

気づきのこころ lesson314~317

奇跡講座  内なる平和のための財団

ワークブック編




< レッスン 314 >


テキストP737からの気づき

私とわたし、分離しているのをずっと感じていた。
私(ゆそゆき)に合わせないと、生きていけないと四苦八苦していた。

分離しているのが悪いのではなく。
ひとつの心(私)には理解できず、もうひとつの心(わたし)は知っている。

なので、わたしに任せる。
私とわたしが共有することで、聖霊が一つにする機能がある。
それを私もわたしも共有することができる。知覚することができる。
わたしが私を。 私がわたしを。
受け入れて互いを赦すことになる。

私が心の中で人を咎めるとき、相手も私を心の中で咎めている。
咎めは、罪。だから存在しない。実在しない。サヨウナラ。



< レッスン 315 >

シャーマンの講演会を聞いてきた。
自分の価値観を広げること。
そうだな.... そういうことだ。 なっとく。

そして、講演会を聞いていて、「ふうん。へぇ。けれどそれも幻想なんだよな」
と、冷めた気持ちで聞いていた。

ん? その言ってる(批判している)それも幻想(エゴ)やろ!と

エゴだ~~~!!

笑えるわ~~~~ ^^;

講演会の最後に言った言葉が印象に強く残っている。
話が時間内に収まらなくて、これは言っておかないと、という感じだった。
「私にとって世界、宇宙とは、ムの神から ウの神になって、私たちは神の中にいる。と感じます。」
その言葉に 思わず目を見開いた。

ムは、無で。 ウは有。 と、かんじた。


< レッスン 316 >

だから、その目の覚まし方がわからないっつーの!

という、コレが邪魔かも。いらない。ゆだねる。

無(幻)から有(実)へ移動する時間が... 切りかえる時間が必要だと感じる。
それはゲームだったり音楽だったり... テキストには準備はできないと書いている。
そうなんだろうか... 待つしかできないのだからね...

それを阿部さんは瞑想だと言ってるのだろうな。
たしかに ゆだねる行為ではある。
眠りと同じで それはやってくるもので、自分が何かをするわけではない
と言ってたな。


< レッスン 317 >

問題が答えのあるところに運ばれるなら、それは必ず解決されるということである。
テキストP741より


葛藤の中に答えはない。けれども、昨日のような状態だと私は葛藤の中にいる。

何度も何度も繰り返すのは、気が済まないからだ。
講演会で言ってたのは、やりたいことがあるから ここに来た(今生)。
ということは、何度も何度も 母が繰り返すのは、その会話の中の感情を
味わいたいだけで、それを示せば気が済むのかも。

私の願いのなかに、「どうせ分かってもらえない」というものがあるのかもしれない。
みんなに理解してもらって、スッキリして楽しい人生を生きて、天国に行く(つくる?
なる?)こと。が、願い。

本当の願いごとに気づくことは、重要だと思う。

このレッスンの間、ずいぶん揺れ動いていた。
もう少しでレッスンが終わってしまうというのに、こんな状態だ。という
不安の気持ちが強かった。

けれども、いま思うと、かなりの変化があった。
コースをやってもなんも変わらない!とは言えない。
現状はどちらかというと、今までの願いとは真逆の方向へ進んだ。
なので、劣等感が酷くなり憧れも大きくなる...はずなのだけど、安堵感がある。
本当は、この心の平安がずっと欲しかったのだから、それでいいはずなんだけど。

これでいいのか? と、いつもエゴが問いかける。

聖霊は、『これでいい』と言う。聖霊の答えはいつも決まっている。

不安になると、聖霊に相談することが多くなった。

聖霊は、いつも『大丈夫』と言う。

エゴはいつも問う。

これでいいのか?
やっぱりダメなんじゃない?
それで良いわけないよね?
事故になるんじゃない?
無理したからじゃない?
疲れるよね?
できないよね?
はやく解決した方がいいんじゃない?
何かしなければいけないことがあるんじゃない?

聖霊に、どうしよう?こんな考えがうかぶよ、と不安を訴えると

『なにが?』と言う。

『なにも ないよ。 それは全部過去だから。 いま、なにもないよ。』

ほう。確かに。でもさ、不安だよ。あったらどうしよう?って。

『 ないよ。 だって、不安というものが実在しないよ 』

ふーん.... 。  ないのか。

と、行動したときは、間違いなどなく、すべてが上手くいった。

いつもこうならいいのに。と、思うのだけど、必ず心に葛藤が生まれる。
そんな日々だった。

それは今もだけど。 誘惑があるけど。 でも、大丈夫なことは知っている。

シンクロが当たり前になっている! ほんとうに ほんとうなんだと確信する。



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by kokoro3heian | 2017-11-26 18:16 | 奇跡のコース 実践編 | Comments(0)

気づきのこころ lesson313

奇跡講座  内なる平和のための財団

ワークブック編




< レッスン 313 >

特別性 ⇔ 一体性

特別性は、一体じゃないよ~と一体性を否定している。

どこかで無理だと感じている。思い込んでいる。
神の子の反抗だと分かっていても...。傲慢だと知ることが
できたとしても。

それが訪れるまで信じない。と思っている。
未来をつくり出そうとする。
訪れるのは 今だ。
反抗心が前に出てくると、それすら分からなくなる。

やれやれ。 聖霊にお任せだ。130.png


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by kokoro3heian | 2017-11-16 22:29 | 奇跡のコース 実践編 | Comments(0)

気づきのこころ lesson308~ 312

奇跡講座  内なる平和のための財団

ワークブック編




< レッスン 308 >

過去も未来もなく、今ここに 私を自由にし、赦しが訪れるためのもの。

それが 時間。


< レッスン 309 >

キリスト意識は... とてつもなく 優しい。


自我はうまくやった。
戦争に参加したり、キチンとした日本人をやり、神学・神社を作り、そこで浄化をして、
自分たちは ちっとも悪くないが、反省をして生きる糧とし、たくましく生きて、うまくやって来た。

それが崩れようとしている今、 今の若い人は弱いだとか おかしい狂ってると言う。
狂った所を必死に押し隠していたものが現れているだけなのに。
みんな にしおかすみこ みたいに、叫びたいくせに。

小さい頃、私はいつも泣いていた。そして、時々発狂していた。
肉体を突っ張らせて、叫んでいた。
思えば、あれは罪悪感の現れ。 私だけ?と、いつ感じていた。
この発狂しそうな感覚を持っているのは 私だけなの?と、辛かった。
人に闇を見せると、とても嫌がった。「ほんとうのこと」を話せる人がいなかった。
少しはいたけど、みんな屈してしまう。
大きな力が。 愛が与えられるというのに...
と、感覚的な思いで動いていた。

「ほんとうのこと」 ここに触れて生きていたいと、今更ながら そう思う。
人が離れて行っても、嫌がられても、愛からの 一見厳しい言葉を発してしまっても。
それでも、もうよそゆきの私には戻らない。
そう決意した。

聖霊さん。どうか見守っていてね。



< レッスン 310~311 >

友達が家に来た。安定した就職に、ちょっと嫉妬。
友達のSNSの投稿に、ちょっと嫉妬。
なんとなく 妬み。
愛へ選択できたらいいのに。 ほんとに。 まったく。


< レッスン 312 >

テキストP705よりの気づき。
自分以外はすべて敵だと思っているので、問題が解決不可能だと思っているんだ。

「あなたが他者の中に完璧な無罪性を見るようにと、その人があなたに与えられている」

癒しで気づきが起こると、人がキラリ☆と輝く瞬間がある。
それが癒しの森 きらり☆の原点だ。
夢幻空華...というブログの名前も、そこからわいてつけたもの。
それなのに、それがうまくいかない...というトラウマがある。
どこかで、犠牲を求めていたり、何かあったのか...と、原因を探ってしまう。
それが、地獄へのコースだと知ることなんだろうな。

天国への願望と地獄への願望は同じではないと認識しない限り、誰がその
どちらか一つを選択できるだろう。この違いを学ぶことが、このコースが
設定しているゴールである。
これ以上のことを目指してはいない。その唯一の目的は、何が同一であり
何が間違っているかを教え、選択可能な唯一の選択ができる余地を
もたらすことにある。

テキストP708より

本当は、自由になりたい。本当は幸せになりたい。
なのに、それがコワイと思っている。
なにか内側に恐ろしいものがあって、それを避けようとしている。
それは、本当はないものなのに、あると思い込んでいてフタをしてきた。
それってなかったね! あはは~~
それが赦し。そこが奇跡。
深刻になると、取り逃がす。

私は「あった幻想」という過去を見ているのか?
まだ過去を見続ける必要があるか?

....... ない。


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by kokoro3heian | 2017-11-15 20:31 | 奇跡のコース 実践編 | Comments(0)

気づきのこころ lesson307

奇跡講座  内なる平和のための財団

ワークブック編




< レッスン 307 >

罪は消えないと思っている。
永遠に訂正不可能だと思いこんでいる。
それは幻想の中の法則だ。天国の正義は、それを簡単に訂正してくれる。
それは分からないけれども信じたいとも思う。
このコースのプロセスは、全部罪はないということを働きかけるものなんだな!

聖霊の問題解決こそが、問題を終わらせるやり方である。
問題は正義と出会ってはじめて解決される。
そうなるまで問題は繰り返し生じる。それはまだ解決されていないからである。
「正義とは誰も敗北しないことを意味する」

テキストP698より

人は必ず環境の影響を受ける。必ず。
けれどもその環境を作ったのは自分。それを理解できないので、何かのせいにする。
あのせいで このせいで 私はこうなった。
それは事実だけど、その「要因」を作ったのは「私の心」。
それが分からずにいたので、復讐する 復讐してやる、という発想が出てくる。

指摘してしまうのは、分かって欲しいとか自分が優位に立ちたい
(私は幻想の中にはいないと思いたい)からかもしれない。
幻想の中にいるということを受け入れて、かといって幻想に巻き込まれることなく
心に意識を持ち続けられたらいいなと思った。

葛藤のない願望 ....... に引っ掛かる。そうだよね、葛藤があるから苦しい。
そこから解放されればスッキリするのに。
手離したくないというがある。これは罪はある。と思っている...
思いたいからなのだと思う。


「ああ~~~ 私のせいね! 私ったら罪つくりね!」被害者を演じ、罪を信じる自我。
「だったら どうすればいいんだよ!?」自我の言い訳。
自我は間違っていることを認めない。


さぁ それが全部愛だと気づけるかな? by 優しく微笑むキリスト



テキストに、犠牲について書いてあった。P701~
ちょうど最近、職場でボーナスをもらえる人ともらえない人がいて、不公平だと
話をしているときだった。
もらえた人に対して「もらえない人がいるから(もらったこと)黙ってて」と
口止めし、人と人の和を乱すことをしていて、嫌な気持ちになっていた。
けれどもこれは、私が作り出した世界だから、赦しをして聖霊にゆだね、神の世界を
見せてくれるようお願いしていたところだった...

お金=肉体  ? なのかな。



ここのところ、とても忙しく混乱が続いていた。
きょうは久々にどっぷり休んだ。休んでいると、いつも罪悪感を感じる。
それを感じつつ... 恐れと葛藤についてテキストを読んでいた。
読み返して、こんなこと書いてあった!?と驚けることが嬉しい。
過去のことや空想に囚われて、全然読めない事もあるから。

レッスン307には2日間かかっていて、いろんな気づきがノートに書かれていた。
葛藤する願望は、私の意志ではない。


まったくその通りだ!

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by kokoro3heian | 2017-11-01 16:47 | 奇跡のコース 実践編 | Comments(0)

気づきのこころ lesson300~306

奇跡講座  内なる平和のための財団

ワークブック編




< レッスン 300 >

勉強会に行かない罪悪感が、最近すごい。
パンさんのブログを見ることで、少し軽減。学びも早かった。
やっぱり行けばいいのに...。
この忙しい状況を、私がつくっているのだろうし。
ものすごい抵抗なのだろうし。
そのたびに聖霊にお願いして赦してもらって...。
それしかないよね...。

すべてが一瞬一瞬でできているなら、すべて可能なことばかりだ。
過去に囚われているから不可能と思いこむからだ。
しかも一瞬一瞬が重なって出来ているようにみえるけど、それももう
消えて無いものだから。
出来てすらいないのだから。
「どうして?なんで?」と感じているのは、囚われの鎖に繋がっていると
信じている時だ。
一瞬。 「今ここ」というよりは...
ほんとに一瞬 神とつながっている感覚のトキ!という感じ。


< レッスン 301 >

苦しみと罪は 喜びをもたらさない。



< レッスン 302 >

このコースのレッスン1つ1つが、毎日毎瞬 わたしに寄り添うための
ものだった。
何かのため、のものではない。
ゴールを目指すために、寄り添う言葉なので、
それを習得しなければならない、とか、こうしなければ、こうなるべき
というものではない。と感じた。


< レッスン 303 >

まったく意味が分からなくなってしまった。
不思議と不安はないけど...。



< レッスン 304~305 >

ネットで、音魂姓名判断 というのがあったので、やってみた。
最近は、こういうの まったく興味がなかったのだけど、不思議と惹かれて
読んでみた。

簡単に言うと、私は才能を他者に認められたくて ここに産まれたのではなく、
心を空っぽにして瞬間瞬間に達成感を味わうために来た。どんなことも受け入れ
楽しんでベストを尽くすことで人生を充実させる...。

そんな事が書いてあり、私はすごく動揺した。衝撃的だった。
何かを築き上げたいという執着を手放すことで、多くを手に入れるという
アドバイスに、ものすごい怒りがわいてきて、その後スーッといつもの状態に
戻ったけど... なぜかずっと違和感を感じた...

衝撃を感じたのは、わたしはそれをずっと知っていたのに、それを思い出せないほどに
なっていたことに動揺したのだと思う。
怒りがわいてきたのは、そんなわたしを受け入れてくれる人もいたけど、身近な人は
受け入れるどころか否定されて生きてきたことへの怒り。
怒りや悲しみを通り越して、その後は放心状態が続いたので違和感を感じたのだと思う。

よく考えてみると、わたしは結果を出せないことに罪悪感を感じていたのだと思う。
経験自体を楽しんでいたのに、わたしは周囲の目を気にするようになり、
それがどんどん怒りになっていった。罪悪感がものすごかったから、それに
比例して怒りも凄かった。体が硬直するほど叫んだこともある。
いま思えば、理由なんて大したことなくても小さい頃は泣いたり硬直が起きてた。

わたしはわたしのままでいいんだ、 というよりは、
そんなもの ないんだよ。 と、解放されたように感じる。


< レッスン 306 >

いろんな事が分かるトキの中にいると、時間が短い。
かなりいろんなことが浄化された~~~!と思って目を開くと、
1分くらいしかたっていなくて、驚く。
そして、気分もすがすがしい。
いろんなことが、ごまかせない状態が沢山起きてくるので、その都度
赦しを試みたり、瞑想したりしている。
とても忙しい。苦しい。...そして ⇒ 解決
を、繰り返している感じ。
なので、時々、ものすごくハートが感動した状態になり、涙がでてくる時もある。
どうしてなのか、いろいろ意味をあてはめてみるけど、どれにも該当しない。


今日は三者面談で、先生からの痛い言葉を言われた。
次男のことが心配になり、つい咎めてしまったが、聞きいれてくれない様子。
こまったな... と思っていたが、先生の言葉はまるで聖霊からの言葉のように
聞こえる、と考え直した。


先生からの注意点は、授業中 寝ているということだったので、息子に早く寝なさい
ゲームやめなさい!と咎めたのだけど...

それってわたしよね(汗)  ぐっすり寝ていて起きない。何度起こしても目覚めない。
ゲームばかり楽しんで、ゴールに向かっていない。
はいはい。それはわたしですーーーーっ 119.png

その後の先生の言葉。
「2学期からはちゃんと身を入れて集中してやろう!
この夏休みが重要だよ。
いつ学校に来てもいいんだよ!。一緒に勉強しよう。」

「いつでも先生待ってるからね!」と背中に呼びかけた。

それが神からの言葉だと、ふと気づいた。
そうそう待ってるよね。汗汗 105.png


先生の言葉は すごく愛に溢れていた。
いま思い返すと涙が出てくる。

けっきょく息子は、夏休み中、学校へ一度も行かなかったのだけど... 119.png

わたしはまったく気にならなかった。
夫は傷つけないように説教したと言ってた。息子は謝ったらしい。

わたしは、その後も心配に襲われたけど、先生の言葉を思い出して
息子に接するように心がけた。


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by kokoro3heian | 2017-10-23 18:19 | 奇跡のコース 実践編 | Comments(0)

気づきのこころ lesson299

奇跡講座  内なる平和のための財団

ワークブック編




< レッスン 299 >

わたし達は、恐れからくる幻想の物語によって、快楽や道化(お笑い)やすべての娯楽へ
逃げまどい、そこからくる欲望に染まり、残酷なこの幻想世界に住んでいる、

かのような、現象を味わっている。もう味わう必要があるか?

ない。


「人はそこにあると信じるものを見る。そして、そこにあってほしいと思うから、そこにあると信じる」
という知覚の根本法則に即している。
知覚にはこれ以外の法則はない。
ーーーーーーーー 中略 ---------
これは、「愛はそれ自体を創造し、それ自体以外の何も創造はしない」という さらに根本的な
神の法則の知覚的形態であり、この世界に適合されたものである。

テキストP678より

いったい何が正当なものとされるのだろうか。
あなたは何を望むのだろうか。

テキストP680

怒りの正当化の手段ではなく、愛を正当化する出来事だったと変わる。
変容するのを見る。


ちょうど、今日の学びと重なった。
いまは、聖霊と共に、「神とひとつになること」ニール・ドナルド・ウォルシュ著を
読んでいるのだけど、そこに『信じることは見ることである』と書いてあり、そこから
さまざまな気づきがあった。
今まで何度も目にしてきたことだし、それなりに気づきもあり、現実に対して適応してきたけど、
きょうは聖霊と共に気づきがあった。

それは、いままでも 導かれていたのだという確信。

365日のレッスンが終わってからの振り返りとして、また書いて行こうと思う。

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by kokoro3heian | 2017-10-23 12:08 | 奇跡のコース 実践編 | Comments(0)

気づきのこころ lesson296~298


奇跡講座  内なる平和のための財団

ワークブック編




< レッスン 296 >

きのうから声が出ない。
それなのに聖霊が私を通して語ると?

やっぱりお勉強会に出ないからだ、とか、フェイスブックで適当なこと
つぶやいて...とか、いろいろごちゃごちゃ出てくる。

これも ゆるし...

のどが痛くてつらい。



< レッスン 297 >

ワンネスにいこうとすると、体の痛みが「ちょっと待って! ちょっと待って!」と
止めているように思う。

「ちょっと待って。これを何とかしなければ!」という抵抗感を感じる。



< レッスン 298 >

それとこれとは違う。 という間違った想い。

全部同じ。 あれもこれも全部同じ。

マニュアルを読んで、かなりホッとして力が抜けた。
「救われた」という気持ち。
胸の... いつもの光を思い出し、その存在があることを思い出し確認したという感覚。
判断を手放す。
それがいい。



振り返っている、ちょうどいまも体調を崩している。
感情の起伏や、病状がおんなじ。
おなじ学びが来たのかなぁ...。
今回は、それほどびどくならず、回復も早かった。
解決すべき問題は、以前より多い感じがするけど、なんとか乗り越えようと思う。

聖霊と共に。


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by kokoro3heian | 2017-10-18 18:31 | 奇跡のコース 実践編 | Comments(0)

気づきのこころ lesson293~295

奇跡講座  内なる平和のための財団

ワークブック編




< レッスン 293 >

ワークブックの文章が読めない時、苦しい時はイラストにして書いてみる。
そういう時は、つらいことがある時だ。
嬉しいことがある時は、スイスイと読めるが、あまり意味が入ってこない。
どちらもエゴにとらわれている時だ。
けっきょくどちらも同じなのだった。
恩寵が得られるのを待つのみ。


過ぎてしまったが、振り返るのを忘れていたので、ここで取り上げてみる。

テキストP602
敵が居なければ、罪に対する信も得られない。罪を信じる者が、自分には敵がいないと
信じられるだろうか。自分を無力にした他者などいないと認められるだろうか。
理性はもちろん、そこに見つけられないものを、これ以上探さないようにと命じる。
だが、まず最初に彼は、罪が存在していない世界を知覚したいという気持ちをもたなければ
ならない。どのようにして自分にそれが見えるのかを理解しようとすべきでもない。
というのも、もし自分の理解できないものに焦点をあてるなら、彼は自分の非力さを
重視することとなり、彼の敵は彼自身の中にと罪から告げられるのを容認することに
なるだけだからである。
そうではなく、それが彼のために為されるように、彼が自分で決断すべき次の質問を、
自らに尋ねさせなさい。

①自分を支配する世界の代りに、自分が支配する世界を、私は欲するだろうか。

②自分が非力ではなく力のもつ世界を、私は欲するだろうか。

③敵がいなくて、私が罪を犯すことなどできない世界を、私は欲するだろうか。

④そして、真理であるがゆえに自分が否定したものを、私は見たいだろうか。

あなたはすでに最初の3つの質問には答えているかもしれないが、最後の質問には
答えていない。なぜなら、これは依然として恐ろしく、他の問いとは違ったものに
見えるからである。


本当に望むものを見る。
罪が存在していない世界を知覚したいという気持ち。
実現したい、理解したい...というのではなく質問をすること...

わたしの答え
① はい。 そうなるといいな~...と思うけど、ちゃんとできるのか心配。

② 力を持ちたいが、傲慢にならないようにしたい。どちらも、コースをやっていて、聖霊の導きがあれば大丈夫と思う。

③ もちろん!! そう思う。

④ どんなものなのかが分からない。

人の言う言葉、やらなければならない状況に対して抵抗感がある。
その時、4つの質問に対して「はい」ではなく「いいえ」になっている。
その変化は真理ではありえない。
真理はいつも変わらず、光り輝くものだからである。


いま振り返って質問に答えてみた。
① もちろん!!
② もちろん もちろん!!
③ そういえばそうだ!もちろんだ!
④ あ!私は自分が否定したものを投影していたんだ!幻想を見ていたい訳がない。
幻想を見ていたいという気持ちを手離そう。聖霊と共に。それが赦し。



< レッスン 294 >

同一のものが異なっていることはあり得ず、ひとつであるものには分離した部分はあり得ない。
テキスト674より


< レッスン 295 >

すごくイライラする日だった。こうなると赦しが難しく感じてしまう。
おばあちゃんの通夜だった。精神的に揺るがされた日だった


恐れは数多くの異なった形で現れるが、愛はひとつである。
ワークブックより

           


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by kokoro3heian | 2017-10-13 11:23 | 奇跡のコース 実践編 | Comments(0)