ほんとうのこと

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気づきのこころ lesson272 ~273

奇跡講座  内なる平和のための財団

ワークブック編




< レッスン 272 >

夢は、私を満足させることは出来ない。

けど、ゲームとかお金とかいろいろ。 安心や満足させるには、てっとり早いような気がする。
それが抵抗であり、エゴなんだろうけど。

「あっ」という気づきがないと難しいなぁ...。
やはり「気づき」は、真理にすんなり連れて行ってくれる。

...ん? 赦しをするから気づきがあるのか。


ふと思った気づき。 すべてがつながっている。 
誰かと話した内容が、他の人の口から出てくることが多い。シンクロニシティって
そういうことなんだな。
すべてが繋がっているという証なんだ。


エゴは、「時間」を感じさせる。だから時間をつくる。
キリストや聖霊と共に語らうときは、時間は感じない。
時間というものはない。
ずっとこのままでいたいと思う。この状態だと赦しができるなぁ。


< レッスン 273 >

気づきの状態というのは、やっぱりいいなぁ。
なんでエゴに囚われるんだろう?
エゴと一体になっているときは、こういう平安な状態になりたいと願っている
はずなのに。ここにたどり着く気がしないから不思議というか、やるせない
というか...

今日はシンクロの多い一日だった。

シンクロが多いというより、いままでもシンクロしていたのに気づいて
いなかったんだなぁと感じる。


今や、私たちには、動揺のない静穏な一日を過ごせる準備ができているかも
しれない。もしそれがまだ実現できていないとしても、私たちはどうすれば
そうした一日が達成できるかを学ぶことで満足し、それを喜びとする。
もし、動揺に屈したときは、どのようにそれを退け、平安へと戻れるかを
学ぼう。
私たちはただ、確信をもって自分の心に「神の静けさは 私たちのものである」
と言えばよい。
そうすれば何ものも神ご自身が神の子に与えた平安を侵すことはできない。

ワークブックより



「救済はいかなる種類の妥協でもない。」
「妥協が受け入れられたところでは、救済が否定される。
なぜなら、妥協とは、救済が不可能だという信念だからである。」

テキストP642より 

妥協はよくないと思うけど、遠慮という形で私はかなり使ってきた。
それが赦しにつながると どこかで信じている。
私の場合の妥協は、受け入れる エゴをやめる という感覚。
そして、ハートでは妥協はしない・できないということは分かる。
けれど、敵をつくり、平安を防御しているという感覚もある。
うーーーん。やっぱり救済を受け入れてないのかなーーーーー?
休戦と平和を取り違えているのだろうか...?


ハートに従っているのだけど、その抵抗に どうしても混乱してしまう
ことがある。

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by kokoro3heian | 2017-09-12 19:18 | 奇跡のコース 実践編 | Comments(0)