ほんとうのこと

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気づきのこころ lesson 181~183

奇跡講座  内なる平和のための財団

ワークブック編


< レッスン181 >

どうせまたダメだ。とか、いいかげんもう嫌だ。という瞬間は、
時間という概念に どっぷりと浸かっている感覚のときに感じられる。

神と共にあれば、時間は感じない。


不信は幻想に直結する
テキストP522より

肉体自体は何の力もないのだ。
心がどのような目的に使おうとするかで
肉体の健康や病気が決まる。
心が分離すること(正しくは出来ると思いこむこと。分離はありえないから)で
肉体はそ目的に用いられる。
肉体が武器となり、分離が起ったと実証する。
肉体は、そのようにして幻想の道具となっている。

肉体は、存在しないものを見ている。
肉体は、存在しないものを聞いている。
よって、狂気によって幽閉され、狂った行動をとる。

「病気と癒し」「真理と幻想」両方とも保持しようとする試みのすべてが幻想を作り出してる???

誤り・間違とは...正せば良い。<訂正>
罪とは...心が攻撃可能だという確信。信じ込んでいること。
    心が心を許すまで有罪ということになる。<処罰>
    罪は誤りではない!

罪があると信じている限り、許すという行為になってしまう。
罪があると信じている間は、幻想を支持していることになる。
神なんていない。そもそも神という言葉すらもなんだか宗教くさくて
うさんくさく感じるようになってしまう。

許しではなく、赦し。
「赦し」は訂正であり、間違いを正すこと。



< レッスン182~183 >


間違いには魅力はないが、罪悪の中に魅力が見出される。
私達は罪の虜になっている!?
...~ 罪の誘惑w

もし罪が実在するなら、神もあなたも、どちらも実在しないことになる。

怖かったり 自信がなかったり 挙動不審になるのは まったく違うものを信じているからだ。

エゴは「弱くて尻込みする自分像」を作り出す。

まったく違うもの...それが幻想なのかな...




神の幼子はやって来た。

わたしを救うために。



地獄のようなこの世界は 夢をみていただけだった♪と
簡単に抜け出し 光の差す場所へ歩いていくものだ。

それを決めるのは1つの選択にすぎない。

けれども とても重要だ。


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by kokoro3heian | 2017-06-02 11:42 | 奇跡のコース 実践編 | Comments(0)