ほんとうのこと

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気づきのこころ lesson161~163

奇跡講座  内なる平和のための財団

ワークブック編


< レッスン161~162 >

悲しみ・落胆・闇・苦しみ・漠然とした恐怖・不安・怖ろしい空想    

↑これら全部が、真理を拒否したことによる重圧感の現れ。(この重圧感が神の子の十字架刑)

悲しいのは~~~のせいだ!と、なにかのせいにする出来事全部。それが真実だったことは一度もない!

救済が機能(はたらき)であるとすれば、神の子を十字架刑にした
私が神の子を救済するということだろうか?

今までは、「死」を救済だと勘違いしていたから、こういう質問がでるのかなぁ?


< レッスン163 >

キリスト教は、磔にされた 死んだ神を崇拝している!?

そういえば、磔にされたイエスの像をみんな持ち歩いて「アーメン」と言っている。
それに違和感を感じたことは、いままで一度もなかったのだけど
コースの文章を読んでいるうちに、みんな「死」を救済だと思いこんでいたんだ!と
気づき、「私たちは罪深い」というのが当たり前になり、磔にされた像にすがり、
いつも自虐的な感情で過ごしているんだ... 
たとえキリスト教ではなくても、いつもそんな感覚で過ごしていたんだ...

と、けっこう衝撃的だった。


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by kokoro3heian | 2017-05-06 22:14 | 奇跡のコース 実践編 | Comments(0)